奥吉野実習林の注目すべき植物


 セッコク Dendrobium moniliforme(ラン科)

 セッコクは中部地方以南に分布し、岩上や老木に着生するが、演習林内では中腹のミズナラなどの老木に稀に着生している。 一般に出回っている、大型の華麗な花を咲かせる熱帯原産の園芸植物、デンドロビュウムと同じ属である。
 セッコクは通常のデンドロビュウムに比して植物体が小さく、茎は通常20p内外、多数の茎が叢生し、 5〜6月に白色の美しい花を咲かせる。その可愛らしく、清楚な姿が好まれて、古くから栽培が行われている。 すなわち、セッコクは長生蘭という名で江戸時代以来、長い栽培の歴史をもつ古典園芸植物の一つであり、 さまざまな園芸品種が生まれている。野生種も珍重され、最近は各地で乱獲され少なくなり、絶滅危惧植物の一つである。
 実習林でもごく稀であり、大木の幹の高いところに生えているので発見は難しく、また簡単には採れないので、 採ろうと思わないでいただきたい。セッコクの名は漢名に由来する。


 ウバメガシ Quercus phillyraeoides(ブナ科)


 ウバメガシは関東以西に分布する海岸生の常緑樹で、特に瀬戸内海地域や紀伊半島に多い。 小さな艶のある葉を密生する樹形が好ましく、また、日照りに強く、刈り込みに対して強い萌芽力を示すので、 各地で庭木や生垣として植栽され、奈良市内でもごく普通に見られる。
 ウバメガシは本学の構内にもたくさん生えており、けっして珍しい植物ではないが、実習林内で野生していることが興味深い。 本来は海岸に自生するこの種が十津川沿いに奥地まで入りこんでおり、実習林内ではごく普通に見られるからである。 特に赤谷沿いに多いが、山麓から標高700m付近まで自生しており、かなりの大木もある。
 ウバメガシの材は非常に重くて堅く、備長炭(びんちょうたん)の原木である。備長炭は、 互いに打ちつけると金属のような音をたてる高級な炭であり、火力が強く、鰻の蒲焼用などに珍重される。

ヤマシャクヤクの花





 ヤマシャクヤク Paeonia japonica(ボタン科)

 ボタン(牡丹)やシャクヤク(芍薬)と同属の美しい多年生草本。ボタンとシャクヤクは古い時代に中国から渡米した園芸植物であり、 日本には野生しない。しかし、ヤマシャクヤクは北海道から九州までの山中に広く分布するが比較的稀である。
 実習林には標高700m以上の谷沿いの木陰にやや普通に産する。美しいこの植物に因んで名付けた「シャクヤク谷」には、 かなり大きな群落をなして生えている。花はシャクヤクに比して小さく清楚であり、直径が4〜5pで、花弁は白色、5月に咲く。 果実は植物体についたまま、アケビのように中央で裂け、瑠璃色を帯びた黒い種子と赤い肉質の部分が鮮やかなコントラストを示す。 後者は胚珠がそのまま発達して色づいて多肉となったもの(不稔の種子)であり、このような性質を持つ植物は少ない。


 ワサビ Wasabia japonica(アブラナ科)


 北海道から九州まで広く分布し、深山の清流に沿って生育する。多年生草本で茎は毎年新しい葉を密に生じ、次第に太くなる。 葉は秋に枯れるが葉痕が残り、茎の表面はごつごつしている。春に花茎が倒れて伸長し、地面を長く匍匐し、 種子が広くばらまかれる仕組みになっている。
 香辛料として店で売っている生ワサビは茎が太くなる特別の品種を水の冷たい谷川のワサビ田で栽培したものである。 野生のワサビはかなり稀であり、また、茎が細くて貧弱で食用としては栽培種に劣る。
 実習林では、「ワサビ谷」の突き当たりに位置する、標高700mの「隠れ滝」の両側の絶壁に群落をなして生えている。 その場所は水に濡れて滑りやすく、近づくことも危険であり、近づいたとしても、高さ10mを越える垂直の壁面に生えているワサビは、 とうてい採ることができないので注意されたい(採れるものはすでに採られている)。この群落から種子が供給され、 水に流されるのであろう、その滝の下の沢沿いや、赤谷川との合流点付近にもワサビが見つかることがある。





 トチノキ Aesculus turbinata(トチノキ科)

 トチノキは全国に広く分布し、奈良県でも山間部の渓流沿いなどに多く、けっして珍しい植物ではない。本学の実習林内にも、 かなり多く生えているが、標高800mの地点の急斜面に生えている1本のトチノキはその巨大さで特筆すべきものである。 1988年8月16日に測定したデータによれば、樹幹は西北の方向に約40°傾き(35°傾いた、 その地点の地面に対してほぼ垂直に生えている)、樹幹の太さは高さ1.3mのところで、周囲6.77m、高さは約25m(目測)、 枝張りは西北から東南の方向に約20mである(樹幹の先端部は枯れて失われているが太い枝が広く張っている)。 すでに勢いが衰えた老樹であり、樹幹の基部に大きな空洞がある(入口は人間がようやく入れる程度であるが中は広い)。
 この樹にはツルアジサイ、ツルマサキおよびサルナシの蔓が絡んでいるが、その蔓がまた巨大である。 樹幹や枝には種々の着生植物も生えている。
 トチノキは元来、巨木になる性質を持っている。そして、谷筋に発達する温帯林の構成種であり冷涼の地を好む。 したがって日本の中北部では成長がよく、上記の大きさを越えるものが少なくない。しかし、西日本では、巨樹は少なく、 実習林のものは少なくとも奈良県のトチノキの中で最大木である。しかも群を抜いて大きく、樹勢が衰えていなければ、当然、 県の天然記念物に指定されて良いものである。なお、この巨樹の生えている地点から約10m離れた場所にトチノキの第2の大木がある。 その樹幹は西北に約20°傾き、その周囲4.08m、高さは25mである。
 ヨーロッパの街路樹としてよく利用され、特にフランスで有名なマロニエはトチノキにごく近縁な種である (前者は果実に刺が生えている点で後者と異なる)。


 ケケンポナシ Hovenia tomentella(クロウメモドキ科)

 ケンポナシは大きな丸い葉をもつ落葉高木であり、日本に広く分布する。果実は小さく、あまり目立たないが、その柄(花序の軸) がふくれて肉質になるという面白い性質がある。その肉質の部分は甘くて美味しく、田舎ではかつて子供たちが菓子がわりに食べていた。 中国の植物に詳しい私の知人によれば、雲南省の市場では、日本と同種と思われるケンポナシを晩秋に食用として売っているそうである。
 果実は晩秋に柄とともに落ちるが、落ちてしばらくの間はすこし渋味がある。冬になって霜や雪に会うと渋味がとれ、甘くなると、 大塔村で山仕事をしている人から教えてもらった。その果実は柄とともに哺乳類によって食べられ、その糞に混じって、 種子が散布するものと思われる。
 実習林に自生するものは、ケンポナシそのものではなく、葉がやや厚く、果実に毛が生えたケケンポナシである。 ケケンポナシはケンポナシの変種または別種と見なされるが、別種の場合は上記の学名が用いられる。 実習林では山麓から中腹の林内に稀に生えているが、大塔寮の北側、赤谷川の向こうの岩壁の下にも数本がかたまって生えている。


 イイギリ Idesia polycarpa(イイギリ科)

 西日本の山地に稀に自生する落葉高木である。ナンテンのように房状につけた多数の赤い果実が垂れ下がるので、ナンテンギリ(南天桐) の別名があり、庭木として用いられる。実習林内では標高700〜900mの山腹に多く、かなりの大木もある (目通りが1.5mに達するものもある)。
 樹形が特徴的で、幹は真っ直ぐに伸び、枝が輪状に出る傾向がある。 また樹皮にも特徴があり、灰褐色で平滑、皮目がよく目立つ。したがって、葉や花を見なくても樹形と樹皮によって同定が可能である。
 雌雄異株で5月に花が咲くが、高い梢に咲くので目立たない。 しかし、その季節に山を歩くと受粉を終えた雄花がたくさん林床に落ちている。晩秋から秋にかけて、 葉を落とした梢にぶら下がる赤い果実がたいへん美しいが、赤熟するとすぐに野鳥に食べられてしまう。


 キヨスミウツボ Phacellanthus tubiflorus(ハマウツボ科)

 キヨスミウツボは小さな全寄生植物である。植物体は葉緑素を欠き、白色で(古くなると少し黄色くなる)、小さく(高さが5〜10p)、 群がって生え、一見、キノコのように見える。
 北海道から九州まで点々と分布しているが、ごく稀である。 奈良県では昭和10年に春日山で発見されたという記録が残っているが、その後、長らく再び記録されたことのなかった稀種である。 ところが、1987年6月12日に、本学の当時の学生、大久保雅弘君によって、春日山(月日亭の奥の林内)で再発見された。
 1989年6月29日に、思いがけず、本学実習林でこの珍種を発見した。標高800mの林内(先に述べたトチノキの巨樹の近くの林床) と「シャクヤク谷」の標高930mの地点の林床の2ヶ所で、この寄生植物が群生していた。 梅雨どきのごく短期間に出現するので発見が難しいが、その時期に丹念に調べれば、奈良県の他の地域でも見つかるであろう。 キヨスミウツボは清澄靭の意味であり、千葉県の清澄山で初めて発見されたウツボの意味である。 ウツボは花穂の形が矢を入れる靭に似ているため。


 ヤマウツボ Lathraea japonica(ゴマノハグサ科)

 前種と同様に全寄生植物であり、関東以西の山地にごく稀に生育している。記録によるかぎり、奈良県内での産地は室生山だけであった。 植物体は白色、花茎は直立し、高さ15〜20p、基部に鱗片状の葉を密生するが、上部は全体が花序(花の集まり)である。実習林内では、 1990年5月5日に、標高1,100mの稜線沿いに発達したミズナラ林に生えているアカシデの根元で3個体が発見された。



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