私と教育資料館

増田信一

 私は、これまで三つの職場で学校図書館の建て直しに当たってきた。そのときの経験が、今回の本学の教育資料館造りにとても参考になっている。
 教育資料館はともすると、後ろ向きのものになりがちである。せっかく価値のある教育資料を集めることが出来たとしても、それらを展示することに重点を置いて、今後の教育研究に有効に生かしていく努力や工夫を怠ったのでは、前向きのものにはなり得ない。
 私が担当した第一の仕事は、「奈良県教育史年表」の作成であった。横5メートル、縦2メートルのスペースに盛り込めるのは、せいぜい150項目程度にしか過ぎない。そこにどのような項目を取り上げて、全体を構成するかが問題である。
 「奈良県の教育の主なできごと」をきちんと押さえながらも、見てくださる人の問題意識を喚起することが出来るように、「一般的な事項」を有機的に関連づけて、訴えかけるようにしなくてはならない。
 委員会の審議の過程でも、このことが生かされるように討論し、まとめていくのにはかなりの時間がかかった。
 私の担当の二番目の仕事は、「教育資料の分類表」の作成である。図書の分類に関しては長く手掛けてきたものの、教育資料館の資料には図書以外の雑多のものが集められる可能性がある。それらの全てを包含出来る分類の基準を作るのは骨の折れることであった。
 この面での先進的なものとしては、長野県松本市の開智小学校の分類があるが、これはあまりも厖大すぎるので、これをベースにしながら極端なまでに簡略化し、利用者が研究活動を展開するのに便利なようにしなくてはならなかった。
 二年間の開館準備期間を経て、やっと開館することが出来たが、私の次なる仕事は、奈良県下の文集を収集して、組織化し研究していくことである。これまでのところ、文集指導に関する先行研究は昭和二十年代に若干あるものの、きわめて少ない。未開拓の研究分野であるといってよいであろう。
 文集は、作文指導の終末段階に位置づけられているが、これまでは、作文学習の成果を文集にまとめれば、作文指導も終わりになるという考え方が強かった。その文集をどのように生かし、次の作文学習活動に結びつけていくかという面については、今後の研究に待たなくてはならないのである。
 私は、取り合えず、これまでの文集作りの実態を明らかにし、全国的視野の中で奈良県の文集作りはどのような位置を占めているのか検討した研究をまとめた。今年度の「奈良教育大学教育研究所紀要第30号」に、「文集指導史の研究(T)」を載せたのでご覧いただきたい。
 教育資料館が、今後、どのような資料を組織的に収集していくのかは、早急に決めなくてはならない問題である。教科書はいちおう収集できたものの落ちこぼれたものもある。
 各教科の教材教具(掛け図類や年表・地図・算数の教具類・理科の実験器具類・音楽の楽器類・体育の器具類・映写機類)も、時代によって形式や形体も異なるから、収集の対象となる。
 子どもたちの学用品や持ち物(ランドセル・筆入れ・弁当箱・ノート類・参考書類・雑誌や絵本の図書・服装や履物)、各教科の成績物(教科ごとのテストやノート・図画の作品など)、その外、教壇・黒板・机・腰掛け・学校給食用具・ストーブ・健康診断器具など、数え立てたらキリがない。
 これらの中から何を選んで、組織化していくのか、考えるべき課題は多い。
 (国語科教育)

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