奈良県師範学校の郷土資料室

岩本廣美

1.残されていた目録
 私の手元に今、『郷土研究資料目録・第一期蒐集』(奈良県師範学校、1932年2月)という古びた小冊子がある。A6版、180ページだてで、表紙をめくると、「はしがき」があり、続いて写真が2枚掲載されている。下に掲げたのは、そのうちの1枚を複写したものである。写真には、陳列ケースや壁面の掲示物・掛図類等が見える。
 この冊子は、本学の前身である奈良県師範学校に1931〜1932年当時、郷土資料室が設置されていたことを物語っている。その郷土資料室に集められた全資料のリストが、私の今持っている目録というわけである。
 この目録は、関心のない人にとっては単なる反故に過ぎないが、関心を持つ者にはきわめて価値の高い資料である。というのも、琉球大学の阿波根直誠(あはごんちょくせい、と読む)氏は、同大学教育学部紀要に掲載した論文「沖縄の師範学校における”郷土室”について(T)」(1985年)全35ページのうち、何と42ページ分を、目録の全内容の紹介に当てているからである。琉球大学(沖縄県師範学校)の例による限り、本学には、教育史研究のうえで実に貴重な資料が残されていたことになる。
 この目録は、私の知り得る範囲では、本学に4冊残されている。2冊が図書館書庫に、2冊が地理学第2実験室の書棚である。私は、後者の2冊のうちの1冊を、今手元に置いている。

2.目録の概要とその背景
 目録には、郷土資料室の全資料の名称が、次のような項目にしたがって分類され紹介されいてる。私も先の阿波根氏の論文に倣って、目録の全てを掲載してもよいが、二番煎じになるうえにスペースもないので、ここでは項目のみに止めた。

  第一部  考古、金石方面
  第二部  民俗、文学方面
  第三部  歴史方面
  第四部  地質、鉱物方面
  第五部  地形、気候方面
  第六部  動植物方面
  第七部  人口、集落方面
  第八部  生活、産業方面
  第九部  人文現象方面
  第十部  案内記、土産物
  第十一部 奈良市研究

 また、郷土資料室は4室から構成されていたと目録には記されているが、その最も中心であった第一室の資料点数は、写真約800枚、地図500枚、調査書60冊、諸蒐集品数千点とも記されている。それらの蒐集そして整理に費やされた労力を考えると、郷土資料室の設置をめぐって、当初の奈良県師範学校においても、かなり活発な郷土研究が展開されていたことが想像される。これに関して、目録の解説には次のように記されている。
 「夏季休暇以来、職員生徒協力郷土資料の蒐集調査研究に没頭して来たのであったが、この程一段落を告げたので、11月23日、24日両日、公開展覧会を開催、来観者朝野の名士をはじめ2千人を越え各方面よりの賞賛を博した。」
 なお、『奈良教育大学史』(1990年)では、当時の郷土研究室及び目録のことに触れてはいるが、具体的なことはほとんど書いていない。

3.現存する掛地図類
 目録に見られる資料のほとんどが、その後、処分されてしまったか、あるいは散逸してしまったと思われる。ところが、調べてみると、本学の地理学研究室に保管されていた古い掛地図類22軸のうち、確認されただけでも15軸が、目録に紹介されている資料であることがわかった。残りの7軸も、何らかの形で当時の郷土研究と関わっている可能性が高いと思われる。ほこりをかぶった22軸の掛地図類の大半は、周囲が破損しているものの、開けてみると、地図の本体部分は意外に保存状態が良い。どれも変色はしているが、地図の内容ははっきりと読み取ることができる。
 これらの掛地図類は、誰の手によってこれまで保管されてきたのであろうか。この点について、地理学研究室の淡野明彦教授の助言を参考に検討した結果、次のような経過でほぼ間違いないであろうということになった。それは、郷土研究の指導に最も熱心であったひとりと言われている当時奈良県師範学校教諭の堀井甚一郎氏が、1967年に本学教授として定年退官するまで保管し続けたことが第一段階である。
 どうやら、堀井氏の存在が掛地図類の現存を決定づけた、とさえ言えそうである。堀井氏は退官時に、地理学の西田和夫氏に掛地図類の保管を託し、さらに、西田氏は1984年やはり定年退官時にそれらを研究室に残していった。その後、西田氏の後任の村上雅康氏の手を経て、結局現在にまで残ったのである。
 実は、1991年10月に本学に着任した私は、村上氏が使っていた研究室を引き継ぐことになったが、その際、これらの掛地図類をいったんは不要備品と見なして部屋から出してしまった。しかし、最近になって、この掛地図類のことが気になり出して改めて調べてみた結果、前述したようなことが明らかになったのである。処分しなくてよかった、と今ほっと胸をなで下ろしている。

4.掛地図類の特色
 22軸の掛地図類の内容を見ると、いくつかの傾向が認められる。まず、当然のことではあるが郷土研究に関わるものが多い点である。22軸のうち1軸を除いて全て、奈良県または奈良盆地周辺の地図である。
 次に、郷土研究に関わる21軸の大半(17軸)が自作の掛地図である点を指摘し得る。そのうちの2軸は既製の地図(地質図)を複写したものであるが、あとの15軸は陸地測量部(現在の国土地理院)発行の地形図を何枚かつなぎ合わせたものに、主題に関する作業を施している場合が多い。
 主題には、「奈良県産業地域図」、「奈良盆地産業地域図」、「奈良盆地集落分布図」、「古墳分布図」、「宮跡分布図」等が取り上げられている。以下で、それらの主題図の中から2軸を選び、概要を紹介する。

事例1(奈良県産業地図)5万分の1の地形図を18枚(たて6*よこ3)もつなぎ合わせたものに、6色の水彩絵具らしい画材で着色を施している。
 地図の部分だけでもたて218センチ、よこ138センチの大きさを持つ。主題は「産業」となっているが、凡例によると着色されているのは、地形図に表された内容のうちの水系・集落・水田・茶畑・果樹園・県境の部分であり、主題と作業内容は必ずしも一致していない。着色に多少むらがあるところから、作業を行ったのは、当時の師範学校生徒であると思われる。
 また、これは推測になるが、主題の選定を初めとして作業の指導に当たったのは堀井甚一郎氏であろう。なお、地形図をつなぎ合わせる作業と台紙を取りつけて掛地図にする作業は、とても素人が行ったものとは思えず、これは外注に出したのではないかと思われる。

事例2(古墳分布図)5万分の1地形図6枚をつなぎ合わせたものに、やはり水彩絵具らしいもの(オレンジ色)で○印をたくさんつけ、奈良盆地を中心とした地域の古墳分布を示している。奈良という地形的特色を生かした主題といえよう。
 大きさは、地図の部分で、たて111センチ、よこ98センチである。なお、これも地形図のつなぎ合わせと台紙への取付へ等は外注に出していると思われる。

5.郷土研究の実態解明のために
 本稿では、奈良県師範学校の郷土資料室に関して、その目録と当時の資料のごく一部である掛地図類についてのみ、それぞれ残された現物を手掛かりに概要を紹介してきた。しかし、本学には、地理学第2実験室と同第3実験室のそれぞれの書棚だけでも、他にかなりたくさんの古い資料が残されている。
 ほとんど未整理のままであるが、ざっと見たところ、その相当部分が、当時の郷土資料室を中心とした郷土研究に関するものである。目録や掛地図類を含めたこれらの資料は、奈良県師範学校で展開されていた郷土研究の実態を解明するための有力な手掛かりになるはずである。今のところ、冒頭で触れた琉球大学の場合を除いて、他大学の例についてはほとんど情報をつかんでいないが、本学に残されたこれらの資料は、全国的にみても比較的まとまった量である可能性がある。
 今後、本学の教育資料館と連携を取りながら、折りに触れて、資料の整理を行い、研究を進めていきたいと考えている。

付記
 本稿執筆のきっかけを作ってくださった教育資料館の小柴先生、また、種々ご助言くださった地理学の淡野先生に御礼申し上げたい。
 なお、本稿での漢字の使用は全て現代表記に統一したことと、文中では諸先生方の敬称を省略させていただいたことをお断りしておきたい。
 (社会科教育)


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