「文集から見た作文教育」のビデオ作り

増 田 信 一

 私は教育資料館運営委員会委員として、二期にわたって関係してきた。この間に、私どもが力を入れてきたのは、開館までの第一期は教科書類の収集に重点をおいたのに対して、開館後の第二期の資料集めは文集類に重点をおいたことである。
 なぜかと言うと、文集類は手刷りのものや簡易製本のものが多いので、紛失しやすい欠点があり、長期の保存に耐えがたい性質があるので、今のうちに収集しておかないと、永久に失われてしまうことになりかねないからである。
 教育資料館の仕事には、資料を収集することと、収集した資料をどういうように役立てていくのかの二面があるが、後者については、ともするとおろそかになりやすい。そこで、平成6年度の仕事の一つとして、「文集から見た奈良県の作文教育」という題のビデオを制作することになり、私がその企画制作にあたることになった。
 教育資料館に来館される人の数は限られているので、建物の中にどのような教育資料があるのか知らない人は多いから、そういう人たちにアピールする必要があるし、もっと積極的な意味で、当館の教育資料を研究に役立て、活用していただくのに役立てたいという願いから出発したのである。
 平成6年の秋から、委員の梅村佳代教授・小柴幸文教育資料館主幹と私とで毎月会合を重ねて、台本作りをした。見る人たちに魅力を感じていただくのにはどうしたらよいのか、話し合いを進めていく中で、台本の骨組みは次のようになった。

A タイトルへの導入
  (1) タイトル(教育資料館正面・「からたちの花」の曲にのせて)
  (2) 文集の山ごとにたどる−収集した文集の概略

B 大正から昭和にかけての文集の概観
  (3) 大正7年の鈴木三重吉の「赤い鳥」
  (4) 館内に入り、第一室・第二室を通って第三室のガラスケースの中の文集を見る
  (5) 附属小学校の文集「わかくさ」の特色
  (6) 昭和初年の奈良県教育史年表

C 奈良県の教育雑誌「学びの園」の解説
  (7) 佐藤茂の「学びの園」の表紙
  (8) 佐藤茂の顔写真・「学びの園」の山
  (9) 小柴幸文の佐藤茂についての話
 (10) 子どもの作文の朗読

D 附属小学校の文集「やまびこ」の解説
 (11) 附属小学校の「やまびこ」の歴代の表紙

E 県内各地の地域文集の解説
 (12) 各地の地域文集の山
 (13) 山辺地区の地図と文集「高原」
 (14) 下市地区の地図と文集「野桜」
 (15) 吉野郡の地図と文集「若竹」「十津川っ子」
 (16) 奥吉野の地図と文集「すかんぽ」
 (17) (13)〜(16)の地図と文集の一覧(各特色の解説)

F 県内各地の学級文集の解説
 (18) 学級文集の山
 (19) 川村たかしの文集「どんぐり」・「めだま」
 (20) 水越靖子・脇本雅子姉妹の文集
 (21) 出原威佐夫の「雑草」
 (22) 東元保の「やまびこ」
 (23) 子どもの詩の朗読

G 条件作文についての解説
 (24) 生活綴り方に対する条件作文の著者の対比
 (25) 県の「作文指導系統案」
 (26) 『作文力診断と指導法の改善』
 (27) 『課題条件による作文指導』

H レポート学習についての解説
 (28) レポート学習としての附属中学校国語科の
    『作文文例集』と学校文集『塔』

I 奈良県内の作文教育についての総括
 (29) 奈良県の作文教育の三つの流れ(生活綴り方・条件作文・レポート学習)についての増田信一の解説

J 終わりのタイトル
 (30) 教育資料館正面・「からたちの花」の曲にのせて

 この骨組みにそって、場面ごとのせりふや解説の文章を加えていったのである。これだけのものを20分間の中に収めるのであるから、撮影は二度・三度と繰り返されていった結果、密度の濃いものができあがった。まだ、ご覧になられていない方は、教育資料館の第一室でご覧いただきたい。

 私はビデオ制作と前後して、本学の教育研究所紀要第30号に「文集指導史の研究 (1)」を執筆した。その中で、戦後のないないずくしの学校教育で、文集を作るためにこつこつと厚紙を切って、一枚一枚を謄写し、それを綴じて製本していくことは、決してなまやさしい仕事ではないことを紹介し、文集を作ることの教育的意義の大きさについて述べた。
 戦後の作文教育の流れがどのように変化してきたかを文集面から概視するために、先に挙げた「文集指導史の研究」の資料の一部を再録する。なお、私が 1994年に出版した『音声言語教育実践史研究』(学芸図書)の中の「音声言語の資料」の数値を参考までにあげてみる。

<表>当館で収集した文集の5年ごとの数値
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 西 暦  当館の文集 音声言語の文献資料

1951〜1960    139        629

1961〜1970    173        530

1971〜1980     65 *       168

1981〜1990    239        288

1991〜      232         27
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 合 計     848        1641
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 この2種類の数値を検討していくと、顕著な共通点が見えてくる。それは*印を付けた10年間の文集の数値が異様なほど少ないことである。「音声言語教育の文献資料」も他の時期と比べると少なくなっている。なぜ、このような共通な落ち込みが生じたのか考える必要がある。
 戦後の学校教育が大きな曲がり角に来たのが、この昭和40年代後半から、50年代にかけてである。受験体制が強化されていき、テストと直結しにくい作文指導や音声言語の教育は軽視される傾向が顕在化するようになったのが、この時期と重なる。学校内の管理主義体制も強化されて、文集を作るゆとりが失われていったのである。
 このように考えてくると、我が教育資料館に収集された文集を見ることによって、それぞれの時期の学校教育の実態が浮かび上がってくると言えるのではないかと思われる。
(国語科教育)


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