平成23年度 入学式  【平成23年4月4日】

 平成23年4月4日、晴天の下、奈良教育大学講堂において平成23年度入学式が挙行されました。
 教育学部272名、大学院修士課程59名、教職大学院20名、専攻科10名が新たに入学し、本学での新たな生活をスタートさせました。

 長友恒人学長は、告辞の中で「学生時代にどれだけ広く、また深く、いろいろな世界を知り、体験したかということが、四年先に社会人になった後にプロの職業人として成長を続けることができるかどうか、人生を豊かにするかどうか、の礎になることを強調しておきたいと思います。 広い視野をもって、大きすぎるくらいの目標を掲げて、一歩一歩、楽しく、学んでください。」と新入生にエールを送りました。
 
 式終了後は、講堂前にできたクラブ勧誘の長い花道に迎えられ、どのクラブに入ろうかと目を輝かせる新入生の姿が印象的でした。

 新入生の皆様、ご入学おめでとうございます!
 皆さんの活動をサポートする様々なシステムが用意されています。これらを十分に活用し、それぞれの目標へ向けて、積極的に日々前進していきましょう。

平成23年4月4日
奈良教育大学 企画・広報室
E-mail:kikaku-kouhou
電話:0742−27−9104


学長告辞

 本日、ここに、ご来賓として、赤井元学長、大久保元学長、柳澤前学長先生をはじめ、名誉教授の先生がた、後援会及び同窓会の会長・副会長様のご列席の下、桜咲く春の日差しの下で、平成23年度の入学式を挙行できますことは、本学教職員の大きな喜びであります。

 本年度は、教育学部272名、大学院教育学研究科79名、特別支援教育特別専攻科10名、合計361名の入学生を迎えることができました。本学教職員を代表して、みなさんの入学を心から祝福し、歓迎いたします。
 言うまでもなく、大学は自ら学び、研究する場であります。私たち教職員は、みなさんの学びと研究に対する指導と保証、大学生活に関する相談と援助について最大限の努力を惜しまないことをお約束いたします。

 さて・・・ここで、私が、この1年間に読んだ本の中から、強く印象に残っているものを2つとりあげてみたいと思います。ひとつは、文化人類学者、生態学者で昨年7月に亡くなられた梅棹忠夫(うめさお ただお)氏の「文明の生態史観」であります。
 「文明の生態史観」は、梅棹忠夫が1950年代から1960年代の前半にかけて、自分で調査した結果に基づいて分析したオリジナルな文明史観であり、後に梅棹文明学とも呼ばれるものです。敗戦後間もない困難な時期に、アジアの西から東まで、隈無く自分で現地に赴いて調査したことも驚きでありますが、30歳代後半の若さで、自己の調査に基づいて、当時の通説や権威を客観視した、優れた文明史観である点に感銘を受けました。
 日本の近代化について、「なぜ日本だけが近代化に成功したのか?」という疑問に対して、「ある程度の西洋文明への部分的模倣が行われたことは事実である」が、それは「ある一定の方針に従って取捨選択されているのであって、無方針な文化受容とはいえない。」「地球上にはいくつもの文明が存在したが、西洋文明の衝撃をうけて、多くは挫折か停滞の道をたどり、上手に近代化に成功したのは西洋文明と日本文明だけのように思われます。」と述べています。日本だけが近代化に成功したのではなく、西洋と日本が近代化に成功した、という自己の調査に基づく分析に説得力があります。梅棹によれば、「西ヨーロッパと日本は・・・ユーラシア大陸の両端にあって、全く無関係に「平行進化」を遂げてきた」のですが、クジラと魚のように「両文明は形態的にも機能的にもよく似たもの」になっているけれども、「両者に血統的関係はない」ということを、論証しています。詳しく述べる時間はありませんが、権威や通説を客観視して、調査に基づく事実から独創的な文明史観を提示したところが、見事であります。「嘉永6年(1853年)のペリーの黒船の来航によって、日本の近代化が始まった。」という通俗的な歴史観から脱却するためにも、一読をおすすめする著作です。
 もうひとつ、印象に残っているのは、2008年にノーベル物理学賞を受賞された益川敏英(ますかわ としひで)先生のご講演や雑誌にお書きになったものをまとめた一連の読み物です。益川先生のお話は、大学で学習すること、研究することがどういうことであるか、という疑問に対して極めて明快な回答を与えてくれます。益川先生のたくさんのお話の中から、「井の中の蛙の弁証法」という話題を紹介します。
 「井の中の蛙」の蛙は、もちろん荘子の「井の中の蛙大海を知らず」の蛙です。「自分の経験だけに基づく狭い知識にとらわれて、広い世界を知らないこと」のたとえですが・・・益川先生は、「この蛙をつかまえて、井戸の外に置いてやったら、どうなるか?」と話を展開させます。井戸の外に連れ出された蛙は「井戸の世界とは違うもうひとつの世界があるんだな。」と理解するわけです。そこで、この蛙は「もしかして、もっと向こうに行ったら、もっと違う世界が見えるかも知れない。」と考えを発展させます。このような発想の展開を「概念の自己運動」というそうですが、この蛙は概念の自己運動によって、自分が依って立つところを知ることになります。
 大学における学習はこれに似たところがあります。みなさんは、4年後、あるいは、2年後には職業人として、社会人として、広い世界に出て行きます。社会は専門性をもったスペシャリストを必要としています。確かに、社会はスペシャリストを必要としているのですが、一方で、狭い専門性だけでは十分に力を発揮することはできないことを、みなさんは4年後に社会に出て実感するに違いありません。
 ところで、「井の中の蛙大海を知らず」には、パロディとして続きがあります。「井の中の蛙大海を知らず、されど、空の高さを知る。」というものです。狭い井戸の底を知り尽くしただけでなく、井戸の底から、井戸枠に囲まれた狭い空を見上げて、その高さや、青さを知った蛙は立派なスペシャリストです。
 みなさんには、在学中に専門を高めて井戸の隅々まで知り尽くし、空を見上げて専門性の奥の深さを感じていただきたいと思いますが、同時に、井戸の外にも出てください。みなさんをつまみ上げて井戸の外を見せてくれるきっかけを与えてくれるのは、友だちであり、先輩であり、先生でありましょう。まず、専門性を高めてください。同時に、ひとつの専門だけに集中するのではなく、少し違う世界をのぞき見ることで、自分の専門の理解が深まるし、また、自分の専門の位置づけができるようになるでしょう。

 専門性を高めるのは、教職科目であり、専門科目であります。違う世界をのぞき見るために教養科目が用意されていますが、大学の授業で用意されているカリキュラムは、いろいろな制約の中で、限定されたものになっています。正規の授業を極めるとともに、課外活動に、フィールドワークに、ボランティアに、取り組んでください。いろんな本を乱読してください。学生時代の知的体験、実践的体験が多ければ多いほど、専門についての理解を深めることになります。知的体験、実践的体験は大海に出て困難にぶち当たったとき、解決の糸口を切りひらく潜在的な力になります。それは、また、人生を楽しく、豊かにします。
 学生時代にどれだけ広く、また深く、いろいろな世界を知り、体験したかということが、四年先に社会人になった後にプロの職業人として成長を続けることができるかどうか、人生を豊かにするかどうか、の礎になることを強調しておきたいと思います。
 広い視野をもって、大きすぎるくらいの目標を掲げて、一歩一歩、楽しく、学んでください。

 最後になりますが、東日本大震災で亡くなられた方に哀悼の意を表しますとともに,被災された皆様に心からお見舞いを申し上げます。東日本の大学・教育機関も、東北地方を中心に大きな被害を受けています。入学式が挙行できない大学、授業開始を連休明けにする大学も多数あるようです。幸い、本学は、本日、このように入学式を執り行うことができましたが、私たち教職員も、みなさんも、被災地に思いを馳せて、勉学に、研究に励んでいただきたいと思います。

 みなさんの学生生活が、豊かで、充実したものになることを希望して、告辞といたします。




平成23年4月4日
奈良教育大学長 長友恒人


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