奈良絵本

 くまのゝ本地解説
国語教育国文学教授 真鍋昌弘  
 奈良絵本。三冊。横本(タテ16.5センチ、ヨコ24.0センチ)。上巻19丁・中巻14丁・下巻14丁。挿絵合計11頁分。三冊とも表紙原装、紺地に金泥で松竹の模様。題簽「くまのゝ本地」とあって中央。内題なし。江戸時代初期か、室町時代物語の一つ。熊野権現由来を物語る本地物。この物語は室町時代から江戸時代初期にかけて、絵巻、奈良絵本、板本などのかたちで伝本多数。『室町時代物語大成』第四巻には五種が翻刻されていて、その中で本書と最も近い本文を求めるなら、井田等氏蔵『熊野の本地』(絵巻)である。
 梗概。昔、天竺摩訶陀国の善財王は、后を七人もっていたが、子供が生まれないので千人にした。王はその中で五衰殿の女御を寵愛し、女御は懐妊する。九百九十九人の后は嫉妬して女御を排斥しようとたくらむ。相人を買収して、生まれてくる子供は悪王になると占ったり、鬼の形相に変装した女達を五衰殿に乱入させたりして、結局女御を都から遠い山中で殺すことを武士に命ずる。女御はその深山で王子を生んだ後、首を切られるが、その亡骸は王子に乳房を含ませ育てる。虎や狼も山神の命令により、この王子を守護し養育する。
 女御はやがてこおろぎになって、山麓に住むきけん聖の読む経文を虫喰いにして文字を書き、王子を尋ねるように告げる。聖は早速山中に行き王子を見付け連れ帰って育てる。王子は聡明に成長し、聖とともに大王に逢い、名乗って親子の対面をし、親王となる。其の後大王・親王は大空を行く飛車に乗って日本の紀伊国音無川上流の熊野に着地する。九百九十九人の后も大王を慕って日本に渡り、蛭という虫になる。最後に、この物語を一回読めば一度熊野参詣をしたと同じだけの価値があると、さまざまな唱導の文句を連ねて物語を終える。
 『熊野の本地』とほぼ同一の物語は、『神道集』(南北朝時代成立カ)・第二巻<熊野権現事>に見え、また経典『仏説旃陀越国経』(劉宋居士沮渠京声訳)も本作の成立と深くかかわると言われている。
 説経浄瑠璃にも『熊野之御本地』、『ごすいでん』の二種がある。『ごすいでん』は物語展開上、第二段で、大王の臣下、のぶみの大臣・おくみの中将兼光の両臣が、仏師国のけいらんと戦う場面を加えていて、古浄瑠璃化した脚色になっている。


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