奈良絵本

 しぐれ解説
国語教育国文学教授 真鍋昌弘  
 奈良絵本。下巻一冊。上中巻欠。大型竪本(タテ30.0センチ、ヨコ22.2センチ)。31丁。(本文は二丁表からはじまる)。絵7頁分。表紙原装、紺地金泥草花模様。題簽左「しくれ 下」。室町時代物語の一つ。公家恋愛譚。絵は特に繊細優美。奈良絵本として佳作の一つ。『しぐれ』の伝本は、古写本、絵巻、奈良絵本、刊本など少なくはない。物語に含まれている和歌が三十五首に及ぶものと、十五首前後のもの(板本系)とに分ける見方もある。『室町時代物語大成』第六巻には、大東急記念文庫蔵古写本、赤木文庫蔵正保慶安ごろ刊本、東洋文庫蔵奈良絵本の三種が翻刻されているが、本書は、それらの中では、刊本に近い本文を伝えている。
 梗概。左大臣の息子中将は、清水寺に籠もっている妹を見舞うために出かけるが、清水坂で、おりからの時雨で難儀する故三条中納言の姫君に傘を貸したことが機縁となり結ばれて、邸に迎え入れる。その後、中将は親のすすめで右大臣家の女と結婚するが、三条の姫君の事が忘れられず疎遠になる。やがて右大臣夫妻による呪詛を受けて右大臣家で昼夜もわからぬ痴呆状態になってしまう。三条の姫君は失望し、かつ左大臣の北の方にも邸を出るように言われて、侍従とともに内裏に住む丹後の内侍のもとに身を寄せるが、帝の目にとまり后となって、承香殿の女御と呼ばれるようになって栄える。中将はやがて正気を取りもどしたが、三条の姫が承香殿であることを知って悲しみのあまり出家する。物語は最後に、姫君が仏縁を得て栄えたのも、中将が出家したのもこれみな観音の利生であったと結ぶ。
 作風が或る程度類似するものとして『忍音物語』『雨やどり』の二作が知られているので、それらとの対照を通して、構成や表現の問題を考える必要がある。また和歌・朗詠の効用についても検討する必要がある。


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