日本の唱歌と太平洋の賛美歌(安田 寛 著) -奈良教育大学 出版会-
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48ので、それを紹介します。 その前にその件の背景になっている事実をお話しした方がいいと思います。つまりキリスト教海外宣教師が任地に行って例えば十年くらい活動したとします。宣教師の活動はとても厳しいものです。報告書の表面にはあまり出てきませんが、身体や精神を壊した例も少なくないと思います。で、十年くらい働くと、今、大学でもその制度がありますが、サバティカルと言って一年間の休暇がもらえます。宣教師は休暇で本国に一旦帰りますが、宣教師の場合、休暇といっても完全な休暇ではなくて重要な任務があります。本国で自分たちを支援してくれる教会を回って、自分たちが例えば中国でどんな活動をしてどんな成果をあげたのか、現地の人々がどのように素晴らしく変わったのかを講演して回ります。それによってお金を出した教会員たちの満足を満たします。 さらに自分の後に続いてくれる次の宣教師候補を募集しなければならない。そのために機運を盛り上げるといいますか、いわゆるキャンペーンをしなければいけない義務がサバティカル中にあるわけです。 パール・バックに話を戻しますが、彼のお父さんはアンドリュウという名前ですが、アンドリュウが宣教師になったのは、今私がお話ししたことと関係しています。つまり任地から本国に戻ってきた伝道師のキャンペーンに彼は遭遇します。

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