日本の唱歌と太平洋の賛美歌(安田 寛 著) -奈良教育大学 出版会-
57/73

64ーそうですね、確かに先生がおっしゃるように、改めて讃美歌集を手に取ってみると、ほとんど全て外国の歌、あるいは外国の作曲家が作った歌ですよね。 そうなんです。先ほども述べましたが、確かにアメリカなんかでは十九世紀前半から中盤にかけてローエル・メーソンというとっても有名な讃美歌作曲家がいて、彼が作った讃美歌というのは非常に人気があって、みんなに歌われたわけです。まさに自前で讃美歌の音楽を作っていったわけです。ローエル・メーソンの有名な讃美歌といえば、日本人にも耳に慣れているものといえば『主よみもとにちかづかん』という歌ですね、ああいうふうに非常に人気を得ていったわけです。 あるいはアメリカで作られた歌というのは、ムーディという人がいるのですが、その人が作った歌があります。そのようにアメリカの例で見ますと自分たちの音楽を作っていくのですが、日本の讃美歌集は、おっしゃるとおり日本人の作曲家が作った讃美歌の音楽というものがほとんどないと思うんです。今でもね。ある意味、非常に頑固に、外国のものをそのまま今も歌っている。その面で保守的な面を持っています。 それで、ちょっと話を土着化に戻しますが、音楽の方では、教会の中では土着化ということは起こらなかったわけです。サモアのような南太平洋の例で言いますと、歌詞は自分たちの言葉に置き換わったんですが、メロディはそのままヨーロッパから来たものをずっと使って歌っている、ということが分かります。ただし、現代では、

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です