物質をつくってはかる(梶原 篤 著) -奈良教育大学 出版会-
3/12

- 1 - 一般に化学反応はこのように原料と生成物は明確な構造を示すことができますが、図中に矢印で示された反応中にどのようなことが起こっているのかを詳しく知ることは困難な場合が多いです。一方で化学は変化を探求する学問で、反応の途中で何が起こっているのかを知ることは化学者の興味関心の対象です。ほとんどの化学反応では反応活性種を直接観測したり、その構造や動的挙動を明らかにしたりすることは極めて困難ですが、ラジカル反応の場合は、電子スピン共鳴分光(Electron Spin Resonance, ESR)法という観測手段によって観測することが可能です1,2)。 ラジカルは高校ではあまり学びませんが、不対電子を持っている、反応性の高い物質で、フリーラジカルとか遊離基と呼ばれることもあります。物質はすべて元素からできていて、元素は原子核と電子からできていることは高校で学びます。電子は一つだけで存在すると不安定で、二つ一組で対(つい)になると安定する性質があります。ほとんどの物質に含まれる電子は対になっていますが、ごく一部の物質は対になっていない電子(不対電子)を持っていて、特殊な磁気的性質を示したり、高い反応性を示したりします。ものが燃える反応も、フロンガスがオゾン層を破壊する反応も、人間が老化するときに身体の中で起こる反応も、てんぷら油が使うたびにいたんでいくのも、プラスチックが光や熱によって分解していくのも、すべてラジカルが関与する反応で、身の回りの様々なところでラジカル反応は起こっています。 不対電子を持つものはラジカルのように不安定なものだけでなく、比較的安定なものもあります。不対電子を含む物質は常磁性という性質を示しますが、2価の銅(Cu2+)や2価のマンガン(Mn2+)も常磁性の性質を示します。干しエビをESRで観測すると2価の銅に由来するシグナルが観測されますし、緑茶の葉や抹茶、コーヒー豆など植物由来のものを観測すると2価のマンガンに由来するシグナルが観測されます。化学反応の真っ最中にごく短時間存在するラジカル種を観測するのは非常に難しい測定ですが、常磁性の銅やマンガンが含まれる物質を観測するのは比較的容易です。 本稿では、ラジカル反応の一つであるラジカル重合反応を例に、機器分析手段の一つであるESRによってどのようなことが分かるようになってきたのかを、奈良教育大学で行っている私の研究の結果を例として紹介します。

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です