身近なものからイメージを広げる絵画制作(狩野 宏明 著) -奈良教育大学 出版会-
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る文字が見えます。また、球体と舞台の上、そしてその周辺には、白黒で描かれた鹿たちが配置されています。背後に目を移すと、そこには信楽焼のたぬきや料理人のような女性の置物、大黒天の彫刻、廃材などが置かれ、廃れたお店が立ち並んでいます。そして空には、星々がまるで花火のように瞬いています。 このようにこの絵には、一見したところ脈絡のないものたちが一緒くたに描かれており、絵を見た人は、これがどのような世界で、何を表しているのか困惑してしまうかもしれません。しかし、そのような反応を呼び起こすことが、筆者にとって重要なねらいの一つなのです。鑑賞者が作品の前に立ち止まり、「おや?何か奇妙な風景だな」と感じることが、絵と対話してもらうための第一歩となります。 3.作品構想① 身の回りのものや風景に注目する このように筆者は、現実とは異なる不思議な風景を描いていますが、この絵に描かれたものや風景を全て自身の頭の中で想像して描いたかというと、そうではありません。筆者は、作品を制作するための下準備として、まず自身の身の回りに存在する現実のものや風景を取材し、スケッチをしたり写真を撮ったりすることから始めます。≪鹿しし踊おどりのはじまり≫は、現在筆者が暮らしている奈良をはじめ、様々な場所で実際に目にしたものや風景を組み合わせて描いた作品です。 筆者は、身の回りに存在するものや風景に注目するという行為が、絵の主題を決定する上で、重要な役割を果たすと考えます。なぜなら、私たちを取り巻く環境にあふれる様々なものや風景にあらためて注目してみると、それらの中に、人が作り上げてきた制度や歴史、さらには物語や神話などにも結びつく世界の構造が内在していることに気付かされることがあり、それらが絵画の主題を見出すための鍵となると思われるからです。

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