外国語を学ぶことの意味-日本語学習者の学びの姿から-(和泉元 千春 著) -奈良教育大学 出版会-
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5 例えば、欧州ではその政治的背景から、複言語主義、つまり、一人の人間は性質やレベルにばらつきがある複数の言語や言語変種のレパートリーを充実させるべきだという考えが生まれ、その考えのもと、外国語教育の目標は異なる文化背景をもつ相手とのインターアクション(やりとり)を通した他者理解であるとされました。そして、その過程で自己を再認識すること(Kramsch 1993)4が言語教育において重要だと認識されるようになっています。ここでは、外国語学習の目標は、従来のように目標言語(日本語教育の場合は日本語)の母語話者をモデルとした言語規範(文法や語彙の知識やスキル)の獲得でなく、目標言語を学ぶ理由や目的、既に自分の中にある複数言語の能力を意識し、学習過程でそれを活用する力を身につけることとなります。さらに、複言語の社会をしっかりイメージした上で、他者の言語に固有の文化、他者の文化的アイデンティティを尊重する態度を身につけることも重要です。つまり、ここでの目標は「母語話者になること」ではなく、自分の言語レパートリーを広げ、言語や文化の違いを超えて相互に理解しあうことということになります。 Byram(1997)5はこの異文化間的な能力を「異文化間コミュニケーション能力(Intercultural Communicative Competence)」としてモデル化し、「異文化間コミュニケーション能力」の核を、それまでのコミュニカティブ・コンピテンスに対応する言語の知識やスキルではなく、「異文化間能力(Intercultural competence)」であると考えました。Byramのモデルによると、「異文化間能力」は「知識」、「解釈と関連付けるスキル」、「批判的文化アウェアネス」、「発見しインタラクションするスキル」、「態度」という5つの要素から構成されています。そして特に、言語や文化の多様性に対する好奇心と敬意、他者に対する寛容と関係性の構築、さらに自己変革といった「態度」が「異文化間能力」の基盤になるとしました(Byram et al.2002)6。つまり、異文化間的側面を重視した外国語学習では、自分自身の持つ知識や認識を変化させることを前提とした「態度」を身につけること、外国語学習を通して起こる「自己変容」が目的であり、目標だとも言えます。 4 Kramsch, C. (1993). Context and culture in language education. Oxford: Oxford University Press. 5 Byram.M (1997) Teaching and Assessing Intercultural Communicative Competence.MULTILINGUAL MATTERS. 6 Byram.M. Gribkova B. and Starkey H. (2002) Developing the Intercultural Dimension in Language Teaching –A Practical Introduction For Teachers-. Council of Europe

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