外国語を学ぶことの意味-日本語学習者の学びの姿から-(和泉元 千春 著) -奈良教育大学 出版会-
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8 言語スキルの観点からは、Aさんのレポートは修正すべき点があり、初級修了レベルだと捉えられます。 次に異文化間的側面を重視した外国語学習の観点から考えてみましょう。 レポートには、Aさんの夢が日本語(日本)との関わりを軸に、どのように変化していったかが書かれています。日本留学で出会った友人から学んだ多くのことを記述した部分からは、彼女が自らの言語レパートリーに日本語を加えていく過程で、多様な言語・文化背景を持つ他者に対する関心と敬意をもってコミュニケーションに参加し触れ合おうとしている姿が読み取れます。また、複言語・複文化的なインターアクション(やりとり)の中で、平等な関係を築こうとする意志も見られます。さらに、他の文化/言語を背景とする人々からの助けを受け入れ、そこから自己を変容させています。 また日本文化という他文化に出会ってから日本に留学するまでを記述した部分からは、Aさんが内省的に自身の日本語学習を管理し、学習のニーズや目標をはっきりと定めることができる自律的な学習者であることがわかります。これらの点から考えると、Aさんは日本語や日本文化と出会い、学習を進めていく中で、しっかりと自己を変容させていると言えます。 4.おわりに 近年、「グローバル社会」や「グローバル人材」という言葉がいろいろなところで聞かれます。これらの言葉は外国語能力の有無とセットにして語られることも多いように思います。そこには「外国語(多くの場合、それは英語を指していますが…)を使って世界で活躍できること」といったイメージもあるようです。しかし「世界」とはどこを指すのか、「活躍できる」というのは何を意味するのか、よく考える必要があります。世界を股にかけ英語を使って交渉ごとをこなすビジネスパーソンにならなくても、外国語を学ぶ意味はあるでしょう。その意味は人によって違うはずです。 最後にもう一度あなたに問いかけます。あなたは何のために外国語を学んでいますか。日本語を学ぶAさんの自己変容の姿は、外国語を学ぶ意味を問い直すきっかけを与えてくれます。外国語を学ぶことで、どのような自分になりたいのか、外国語学習を学ぶ、その意味を見据えることは、Aさんのように「なりたい自分」になる方法を見つける一つの方策になるのではないでしょうか。

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