江戸時代の古文書の魅力-暮らしを探る-(山形 隆司 著) -奈良教育大学 出版会-
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り、急速に檀那寺と檀家との関係も希薄になってきているように感じられますが、つい最近まで江戸時代以来の檀那寺と檀家との関係が継続していたと見ることも出来きます。このような意味において、現在は寺院と我々との関係が大きく変化しつつある時期であるのかもしれません。おわりに今回は、婚姻の手続きに関する文書から、現在とは違った寺院の役割について見てきました。先に見たように、江戸時代には全国に6万以上の村があり、それぞれの村で文書が作成されました。だから、現在でも江戸時代の古文書は膨大に残されており、未調査のものも数多くあります。本文でとりあげた「宗門人別改帳」は、村で毎回同じものが2冊作成され、1冊は役所へ提出し、1冊は村で保管しました。役所へ提出された分は、現在ほとんど残っていないのですが、村で保管していた分は何十年分もまとめて残っているものがあります。「宗門人別改帳」には、住民の家族構成、各人の名前・年齢が記されおり、今回見たように他所から村に移住する者があった場合や新たに村で子どもが生まれた場合にはその名前が書き加えられます。逆に村から他所へ転出する者があった場合や村で死者が出た場合には、その名前が削除されます。このため、過去の人口変動を研究する歴史人口学の素材として最適で、大いに活用されています。例えば、速水融氏は奈良の東向北町と美濃国の西条村の人口動態を比較して、濃尾平野ではめったに死なない20~40代の人が奈良では比較的多く死んでいると指摘しています(『歴史人口学で見た日本』〔文春文庫、2001年〕)。では、どうしてこのような事が起こるのでしょうか?速水融氏は、この原因について都市の衛生問題を想定していますが、まだ十分に論証されているとは言えません。このように1つの事実が明らかになると、さらなる疑問が生まれます。江戸時代の人々の暮らしについては検討すべきテーマが無数にあり、これを明らかにするためのヒントは古文書の中にあります。そして、我々の目の前には未だ紐解かれたことがない無数の古文書が横たわっているのです。

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