「大いなるメリットのための“小さな”犠牲問題」とは?-社会学的研究の一視点-(渡邉 伸一 著) -奈良教育大学 出版会-
2/12

1 「大いなるメリットのための“小さな”犠牲問題」とは?-社会学的研究の一視点-奈良教育大学社会科教育講座(社会学)渡邉伸一1.「大いなるメリットのための“小さな”犠牲問題」って何?健康で安全に暮らしたい。そして豊かで快適な生活をおくりたい。これらは、多くの人の願いでしょう。政治家や行政(国や地方自治体)は、そのために様々な法律や制度を作り対策を立てていますし、企業もそうです。人々のそうした願いに応えられる商品やサービスを提供できないのなら最終的には市場から撤退するしかないからです。これら社会の営みに責任ある各主体の活動が、全ての人が幸せになることに貢献してくれているのなら、こんな良い社会はないでしょう。しかし、現実には、そうした人々の願いに応えるべくなされたはずのもので、なるほど多くの人が満足を得られている一方で、一部の人に犠牲が生じてしまう場合が存在します。これらは、金銭目的の強盗とか、やるべき点検を怠ったために発生した事故で犠牲者が出る、というタイプの犯罪や問題とは性格を異にしています。社会の多くの人々にもメリット(安全、健康、豊かさ等)をもたらそうと意図して作られたり、利用されたりしているものが、たとえ少数であれ犠牲(被害、デメリット、リスク等)を生み出してしまっているからです。こうした性格特性をもつ問題を「大いなるメリットのための“小さな”犠牲問題」と呼ぶことにしましょう。この問題の多くには次のような特徴が見られます。・メリットを受ける人の方が圧倒的に多いため、犠牲が存在することになかなか気づきにくい。・たとえ犠牲者の存在がわかった場合でも、メリットの大きさに力点がおかれて、「少数の犠牲はしょうがない」とあまり問題視されないということが起こりがちである(ケースによっては、犠牲者の自己責任にされたりする)。

元のページ  ../index.html#2

このブックを見る