「大いなるメリットのための“小さな”犠牲問題」とは?-社会学的研究の一視点-(渡邉 伸一 著) -奈良教育大学 出版会-
3/12

2 こうした問題をどう考え、どのように対処すべきなのか。私の社会学的研究における課題の一つはこの点にあります。以下では、まず、どういう問題がそういう性格を持っているのか、具体的な事例を見てみましょう。次には、私がこれまで研究してきたことを紹介してみたいと思います。私は、これまで公害・環境問題や環境保護を主に研究してきました。この分野には、この種の問題が多く見られるのです。2.いろいろな事例皆さんが高校生だとすると、通学にバス(自動車)や電車を使う人も多いでしょう。自動車は、非常に便利なものです。自動車なしには現代の私たちの生活は成り立たないと言ってよいでしょう。また自動車製造は日本の基幹産業ですから関連業界まで含めたら膨大な人々が職を得ています。しかし、自動車に交通事故はつきもので、年間約3700人の方が亡くなっています(2017年)。その裾野には膨大な負傷者がおり、障害の残る人も多くいます。今日では、取り締まりの強化や安全対策が進み、死者数は減少傾向が続いています。また、自動運転などの先端技術にも期待が高まっています。しかし、1日に10人もの尊い命が失われているという事態が急速に改善されることはないでしょう。このことをわかっていながら、自動車社会を止めないということは、年に3千人以上という死者が必ず生まれてしまうという前提の上に、便利で快適な自動車社会が成立していることになります。通学に電車を使う皆さんの最寄りの駅ホームには柵はあるでしょうか。電車も私たちの生活に不可欠なものです。しかし、転落事故が毎年のように発生しています。なぜホーム柵がない駅が多いのでしょうか。たしかに柵など転落防止のために様々な対策を取れば、そのコストのために定期券の値段(運賃)の上昇を招くでしょう。ホーム柵がないということは、多くの人がその分、低運賃で電車に乗ることができる一方で、少数とはいえ転落者を生み出している、といえます。皆さんの中には、通学に病気予防のためにマスクをする、という人も少なくないのではないでしょうか。特にインフルエンザは毎年流行します。病気予防には予防接種も有効です。多くの人を病気にせず救ってくれます。しかし、少数ですが必ず犠牲者が出ます。各種予防接種で東京電力柏崎刈羽原子力発電所(新潟県)

元のページ  ../index.html#3

このブックを見る