「大いなるメリットのための“小さな”犠牲問題」とは?-社会学的研究の一視点-(渡邉 伸一 著) -奈良教育大学 出版会-
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4 ための“小さな”犠牲問題」に関わって、解決されるべき問題が各所に見られます。この問題で注目すべきは、メリットを享受する人とデメリットを被る人が別個の要因で発生しているのではなく、同じ要因(自動車社会、駅ホーム柵なし、予防接種、国防、発電、団結力の強化など)から生まれている点にあります。いわば犠牲者の存在を前提としてメリットが生み出されてしまっているのです。基本的にそのようなしくみは改善されねばなりません。こうした問題の基本的な考え方は、犠牲者をゼロにすることです。直ぐにはできなくとも、将来的にはゼロにする対策をきちんと立てる。それを前提に、今でもできることは直ぐにやる。そして、その対策にかかわる負担や費用はメリットを享受している者が全員で担う、というのが原則でしょう。そして国や自治体はそういう制度を作る必要があります。皆さんはどう思いますか。こうした原則は、きれい事に聞こえるでしょうか。たしかに言うは易く行うは難しです。実は、こうやって書いている私自身もそう思う場合がほとんどです。私が研究してきた公害・環境問題や環境保護の分野には、「大いなるメリットのための“小さな”犠牲」問題が多く見られ、解決されないケースも少なくないからです。以下では、これまで研究してきたことの一端を紹介してみたいと思います。3.水俣病とイタイイタイ病食べ物の中で、お米(玄米及び精米)と魚介類(水産動物の総称。鯨などの哺乳類も含む)だけに、ある物質の安全基準値(一定以下しか含まれていてはいけない)が存在しているのですが、それらの物質とは何か知っていますか。米の場合はカドミウム、魚介類においてはメチル水銀という物質です。では、この基準値ができたきっかけを知っていますか。そうです、それぞれイタイイタイ病と水俣病です。前者は富山県神通川流域で、また後者は熊本県など不知火海一帯と新潟県阿賀野川流域で発生した公害病です。これらは四日市公害と合わせて四大公害病として教科書に載ってますから知ってますよね。不知火海の水俣病についていうと、熊本大学医学部や厚生省(当時)が、病気の原因はチッソ水俣工場からの排水に含まれたメチル水銀だと1959年までには何度も指摘していました。しかし、時の政府は、それから9年もの間、排水規制をせず、これにより患者は不知火海沿岸部を中心にどんどん増えてしまいました。高度経済成長の

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