「大いなるメリットのための“小さな”犠牲問題」とは?-社会学的研究の一視点-(渡邉 伸一 著) -奈良教育大学 出版会-
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7 のままというのは問題だ、ということになり、日本政府が急遽つくったのです。しかも、強調すべきなのは、この0.4ppmという世界基準値ができるにあたっては、日本の腎障害の被害者から得た日本人医学者による研究が生かされているという事実です。貴重な健康を犠牲にして得られたデータが日本のみならず世界の人の健康のために役立てられている。つまり「大いなるメリット」を享受している。しかし、その被害者は、国によって公害病とは認められず放置されてきた。こんな理不尽なことはないでしょう。富山の被害者団体は「腎障害の救済なくしてイタイイタイ病問題の救済なし」をスローガンに30年以上にわたり国(環境省)に、腎障害の公害病指定を求め続けてきました。しかし、国は、いっこうに認めようとしないので、2013年、被害者団体は、加害企業(三井金属鉱業・神岡鉱業)と直接交渉することにより、腎障害者一人あたり一時金60万円を獲得しました(対象者は600~1千人程度)。国が病気だと認めない「健康被害」を「補償」させるのですから、それは大変でした。この金額の値がそれを物語っています。もっとも、これは富山だけの話です。富山を除く全国のカドミウム汚染地に住むカドミウム腎症の被害者は捨て置かれたままなのです。5.「奈良のシカ」による鹿害ろくがい問題次に、「奈良のシカ」をめぐる問題についてお話しましょう。私が奈良教育大学に勤務したのは1996年からですが、その時、初めて奈良公園で「奈良のシカ」(国の天然記念物)を見ました。驚きでした。動物園のように柵で囲っておらず問題が生じないのかと。調べてみたら問題が多いことがわかりました。まず、農業被害です。奈良公園だけにいてくれと望んでも、周囲に柵がないのですから無理です。その上、保護すれば増えます。増えれば外へも出て行き、農業被害など各種の被害(鹿害)を引き起こします。「奈良のシカ」は春日大社の社伝によれば鹿島神宮(茨城県)から来たと言われており、そこには現在もシカはいます。ただし境内に設けられた柵(檻)の中で朝日新聞 2013.12.14

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