「大いなるメリットのための“小さな”犠牲問題」とは?-社会学的研究の一視点-(渡邉 伸一 著) -奈良教育大学 出版会-
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8 飼われています。一方、柵で囲われていない「奈良のシカ」は、実に多くの人にメリットをもたらします。奈良公園を訪れる人にとっては、シカせんべいの給餌などを通じてシカとふれあうことができますし、「シカのいる景観」も享受できます。また、観光都市・奈良にとっては貴重な観光資源です。因みに、奈良教育大学のイメージキャラクターである“なっきょん”も、「奈良のシカ」がモチーフです。他にも春日大社の神鹿としての宗教的価値や、天然記念物としての学術的(自然的価値・歴史的・文化的)価値がありますし、そもそも「奈良といえばシカ」というくらい、奈良を代表するシンボルにもなっています。柵の中で飼えば、これらの価値やメリットは無くなるか半減してしまうでしょう。だから柵で囲わないのですが、だとしたら農業被害を出さないための工夫を受益者たちは責任をもってすべきでしょう。農業被害の賠償のために、農家は裁判まで起こしました(1980年前後)。しかし、抜本的な対策はとられませんでした。奈良公園周辺農家は、長年にわたって「大いなるメリットのための犠牲」を被ってきたのです。「奈良のシカ」のもたらす問題には、他にシカによる人身事故や春日山原始林の食害問題などもあります。春日山原始林とは、「奈良のシカ」よりも格上の特別天然記念物で、かつ世界遺産でもあります。「天然記念物(シカ)が世界遺産(原始林)を破壊手前から、奈良公園(飛火野)のシカ、御蓋山みかさやま、春日山原始林

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