[英語の冒険]-[言語の命運]-(米倉 よう子 著) -奈良教育大学 出版会-
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この時代の英語は、現代英語とは全く異なった姿をしており、英語母語話者でも、専門的に英語史の勉強をした経験がなければとても読めまい。本学の英語科の学生でも、一度も目にせず卒業していく者がほとんどであるが、洋画好きであれば、『ベオウルフ(Beowulf)』という、2007年に公開されたアメリカ映画を観たことがあるかもしれない。この映画の原作は、アルフレッド大王の頃の英語で書かれた一大叙事詩『ベオウルフ』である。ただし、映画版は原作とはかなり人物設定が異なっている。ともあれ、英語の冒険はこうして始まった。しかし試練の時は、確実に近づいていた。2.試練英語にとっての災難は、アルフレッド大王の時代から下ること約2世紀の1066年、エドワード懺悔王(EdwardtheConfessor)の逝去とともにやって来た。「ノルマン征服(theNormanConquest)」の名で知られる、懺悔王亡き後の後継者をめぐる権力闘争は、イングランドの政治的分水嶺となっただけでなく、英語を存亡の機に立たせることになる。ノルマン征服の勝者ウィリアムは、1066年12月、イングランド王ウィリアム1世(WilliamI)として戴冠するのだが、彼が土着の者ではなく、フランス・ノルマンディ地方出身のフランス語話者であったことが、英語の運命を大きく変えた。支配階級の人々の母語が英語ではなくフランス語になったのだから、支配者層が特に関わる分野、具体的には統治や軍隊、法体系、商業、宗教、文芸、あるいは技術職の領域には、大量のフランス語が入ってきた。英語の辞書を引くと、辞書によってはその語の語源が記されていることがある。「古期(あるいは中期)フランス語」と書かれている語は、ノルマン征服後のフランス語を話すイングランド王たちの統治時代以降に英語に持ち込まれたものである。たとえば、govern(統治する)、army(軍務)、judge(裁判官)、money(貨幣),religion(宗教)、chant(詠唱する)、chisel(のみ)といった言葉は、すべてフランス語に由来している。英語を話すのはもはや被支配階級に突き落とされた人々でしかなく、被支配階級の者が社会でのし上がるためには、支配階級言語であるフランス語を習得

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