[英語の冒険]-[言語の命運]-(米倉 よう子 著) -奈良教育大学 出版会-
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する必要があった。次に引用するのは、スティーブン王(ウィリアム1世の孫にあたる)治世下のイングランドを舞台にした小説ThePillarsoftheEarthからの一節である。キングズブリッジ大聖堂の助祭長という高い地位にある「ウォールラン(Waleran)」が、母語ではないフランス語を習得し、苦労して出世してきたことが暗示されているが、当時の英語をとりまく状況をよく表していると言えよう。“TheywerespeakingNormanFrench,(…)thelanguageofgovernment;ButsomethingaboutWaleran’saccentwasalittlestrange,andafterafewmomentsPhiliprealizedthatWaleranhadtheinflectionsofonewhohadbeenbroughtuptospeakEnglish.ThatmeanthewasnotaNormanaristocrat,butanativewhohadrisenbyhisownefforts-likePhilip.”(KenFollett,ThePillarsoftheEarth,p.116)彼らは支配階級の言葉であるノルマン・フランス語で話していた。しかしウォールランのアクセントにはわずかに訛りがあった。しばらくしてフィリップは、それが英語を母語として育てられた者が持つ抑揚であることに気が付いた。ということは、彼はノルマン貴族の出ではなく、自力でここまで出世してきた土着の者ということだ―フィリップと同じように。[下線は筆者による]2.耐える英語かくして下層民言語の地位に突き落とされた英語は、このまま滅び去る運命なのだろうか。いや、さにあらず。宮殿ではフランス語が君臨する国で、英語は庶民の言葉としてしたたかに生き延びていた。ただし、フランス語の影響を受け、その文法や語彙を大きく変容させながら。まず文法面の変化を見てみよう。英語はゲルマン語の一種で、ドイツ語の親戚にあたる。ドイツ語は現在の英語よりもはるかに複雑な活用変化体系を持っている。たとえば英語の定冠詞theにあたるドイツ語冠詞は、その後ろに来る名詞の数(number,単数か複数か)、文法的性(gender,男性詞か女性詞か中性詞か)、あるいは文中での文法的関係によって、複雑な活用変化を見せる。ド

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