[英語の冒険]-[言語の命運]-(米倉 よう子 著) -奈良教育大学 出版会-
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イツ語の入門授業をとると、学生は、「男性詞はder,des,dem,den,女性詞はdie,der,der,die…」と必死に覚えなければならないのだが、ノルマン征服以前の英語も同じ状態で、冠詞だけでなく、名詞や動詞にも多くの活用形があった。しかしフランス語の影響(だけではないが…)を受け、古い英語のこうした複雑な活用変化形は姿を消していくのである。現在の英語にある動詞3人称単数現在の語尾(いわゆる3単元のs)は、この変化の荒波に耐えた生き残りである。もっとも、我々英語学習者としては、どうせならこれも一緒に消滅してくれた方がありがたかったのだが。このように、英語に起こった文法面の変化は、大まかに言って、活用形の簡略化であった。しかし語彙面に起こった変化は、これとは全く異なる様相と呈す。英語はフランス語をはじめとする外来語を大量に取り込み、自らの血肉としたのである。その結果、実に多彩な起源の単語が、英語に定着することになった。フランス語の影響でよく知られているのは、食用家畜に関するフランス語と、もともとの英単語の共存である。牛や豚、羊といった家畜は生きている間は被支配者の英語話者によって世話されるから、英語でcow,pig,sheepと呼ばれる。しかしその肉が調理されて食卓に並べられると、それを食するのは支配者であるフランス語話者なのだから、beef,pork,muttonとフランス語で呼ばれることになる。フランス語の言葉を積極的に取り入れた分野には、貴族のスポーツである鷹狩り(falconry)もあげられよう。hawkはゲルマン語に由来するが、falconはフランス語から英語に持ち込まれた語である。Quarry(獲物),leash(革ひも)もフランス語から借用され、英語に定着した鷹狩りに関連する用語である。このように英語に定着した外来語は、Bragg(2004)も指摘するように、英語を豊かに彩る語彙体系という遺産を英語にもたらした。たとえばsin(ゲルマン語由来)とcrime(フランス語由来)は、日本語では同じ「罪」と訳されようが、前者は道徳的な「罪」、後者は法律上の「罪」を指す。中世では、法体系は支配者の手中にあるものだから、法律上の違反を表すcrimeが支配者の母語から採用されたことは何ら不思議ではない。walk(ゲルマン語由来)とmarch(フランス語由来),stool(ゲルマン語由来)とchair(フランス語由来),ask(ゲルマン語由来)とquestionあるいはdemand(フランス語由来)

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