[英語の冒険]-[言語の命運]-(米倉 よう子 著) -奈良教育大学 出版会-
6/10

など、英語土着の語とフランス語由(ラテン語等からフランス語を経て英語に入ったケースも含む)の語が、微妙に異なる意味合いで共存している例は、他にも数多くある。語源の話に興味を持ったのであれば、渡部(1977)を読むとよい。身近な単語の語源を探りながら、西洋文化の背景を読み解いてみせるこの本は、英語の勉強があまり好きではない人でも、楽しく読めるだろう。フランス語由来の言葉との共存に失敗し、英語から追い出された言葉ももちろんある。たとえばフランス語由来のsufferは、英語土着の語þolian/þrowian(þは[ð]あるいは[θ]の音価を表す文字)を追い出してしまった。余談ながら、このsufferという動詞は、日本語を母語とする英語学習者がよく間違える動詞の一つなので、注意が必要である。下記英文は日本語を母語とする医学研究者の手によるものだが、どのように英語を手直しすべきか分かるだろうか。Case6wassufferedfromstranguriaandshowedsignsofseverepain.(木下1992:92)正解は“Case6sufferedfromstrangury(症例6は、有痛排尿困難に苦しめられていた).”である。なぜこのような間違いを犯すのかは、日英語対照言語学を学ぶとよく分かる。興味があれば、安西(2000)等を読んでみてほしい。フランス語の影響は、接辞にも及んでいる(寺島2008:68)。否定を表す接頭辞in-(およびその変異形im-,ir-,il-)は、フランス語あるいはラテン語由来のindirect(間接的な)やimpatience(せっかち),irregular(不規則な),illiterate(非識字の)などの借用語とともに英語に入ってきた。フランス語に抑圧されながらも、耐える英語。そんな英語を、運命の女神は見捨ててはいなかった。英語が再び日の目を見る時がやってくる。ただ,英語が再び公の場に姿を現したとき―1362年、英語は実に約300年ぶりに議会における公認言語として返り咲いた―それは、上記で述べたような変化を経て,アルフレッド大王の時代の言語とは、かなり異なったものになっていた。

元のページ  ../index.html#6

このブックを見る