[英語の冒険]-[言語の命運]-(米倉 よう子 著) -奈良教育大学 出版会-
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3.復権への道英語の復権を後押しした要因には、政治的なものもあれば、社会的・文化的なものもある。そのすべてを限られた紙幅で述べることは無理だが、この小冊子ではよく知られている3つの点にしぼって、簡単に見ておこう。まず、英語復権の後押しをした政治的要因を見てみよう。イングランドにおける英語再浮上のきっかけを作ったのは、何といってもジョン王(1167年-1216年)である。この王は、その父王ヘンリー2世(HenryII)の晩年を描いた舞台劇『冬のライオン(TheLioninWinter)』でも、実兄ジェフリーに以下のように嫌味を言われる場面があるほど、無能であった。Ifyou’reaprince,there’shopeforeveryapeinAfrica.(JamesGoldman,TheLioninWinter,II,ii)お前が王子だというなら、アフリカのサルにも望みがあるな。ジョン王の無能ぶりは、フランス国内の先祖代々の領地を次々に失うという、画期的な政治的結末を生みだした。しかしこの愚王ぶりが、かえって英語を救うことになった。フランス国内の領地を失った王侯貴族たちは、イングランド国内の自領地にとどまるしかないわけで、こうなるとフランス語は母語として習得される言語というよりは、わざわざ外国語として学習される言語になっていく。イングランドにおけるフランス語凋落の始まりである。次に、社会的要因を見てみよう。往々にして人の運命には、意外なものが影響を与えるものだ。英語の運命もその例にもれない。英語の復権に貢献した意外な社会的出来事、それはなんと伝染病の大流行であった。14世紀半ばにヨーロッパを蹂躙した黒死病(ペスト)は,イングランドでも大変な猛威を振るい、多くの人々が犠牲になったが、その結果は意外なものであった。急激に人口が減少したため、下働きをする被支配者層の人口が減り、生き残った者たちの労働力の価値が、伝染病流行以前よりも上がったのである。言語学的に言えば、ある言語の価値は、それを話す者たちの経済的力に比するわけではない。しかし現実世界では、言語間の社会的地位争いの行方を決するのは、その話者たちの持つ経済力である。英語話者である被支配者層の経済力の向上は、彼らの話

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