[英語の冒険]-[言語の命運]-(米倉 よう子 著) -奈良教育大学 出版会-
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す言語の地位向上につながった。最後に文化的要因を見ておこう。14世紀半ば、ロンドンの豊かな商人の家に、一人の男児が生まれた。この男児こそ、後に「英詩の父(ThefatherofEnglishpoetry)」と呼ばれることになる詩人、ジェフリー・チョーサー(GeoffreyChaucer,1343年?-1400年)である。フランス語・ラテン語社会に身を置きながら、チョーサーはあえて英語で著作活動を行った。チョーサーの英語は、アルフレッド大王の時代の英語と比べると、格段に現代英語に近づいており、さして英語史の知識がなくとも、現代英語訳を原文の横に並べ、さらに専用の用語辞典(glossary)を駆使すれば、何とか読める。17世紀の英国詩人ジョン・ドライデン(JohnDryden)に、“here’sGod’splenty([才能が]人間の域を超えるほどにある)”と言わしめた代表作『カンタベリー物語(TheCanterburyTales)』をはじめとする彼の優れた作品は、英語の地位を大いに高めることになった。かくして英語は、徐々に復権への道を歩んでいった。チョーサーと時代は異なるが、同じように、文学の力で英語の名声を高めたウィリアム・シェイクスピアによる『ジュリアス・シーザー(JuliusCaesar)』には、シーザー暗殺の成功に興奮した首謀者の一人キャシアスが、次のように叫ぶ場面がある。Howmanyageshence/Shallthisourloftyscenebeactedover/In[states]unbornandaccentsyetunknown!(WilliamShakespeare,JuliusCaesar,III,i,111-113)千載ののちまでも/我々のこの壮烈な場面は繰り返し演じられるだろう、/いまだ生まれぬ国々において、いまだ知られざる国語によって(小田島雄二(訳))ノルマン征服を境に被支配層に落とされた当時のイングランド人が、今の英語の繁栄をみれば、感動のあまりこう叫ぶに違いない。「我々のこの堂々たる言語は、千載ののちまでも話されよう、いまだ生まれぬ国々において、いまだ知られざる国語を母語とする者によって」と。一旦は衰退と絶滅の危機に追いやられた弱小言語が世界の覇権を握るとは、誰が想像しえただろうか。

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