自閉スペクトラム症と記憶:教育への示唆(堀田 千絵 著) -奈良教育大学 出版会-
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働きを調べないと、学習の過程はわからないし、支援にはつながらない、と考えるようになりました。この時に感じていたのは、もしかしたら、思い込みで支援を行っているのではないか、そういった怖ささえ感じるようになりました。こうして後述する乳幼児期の認知発達研究へ興味が向かいます。 それでは、もう少し進んで2009年にタイムスリップしたいと思います。 3.過去と未来を往来する記憶の働きから考える自閉スペクトラム症 大学院を2009年に修了する頃、教えていただいた先生方のおかげで就職もでき、いくつかの大学を経て、大学教員として2021年現在、12年目を迎えることになりました。この間、私は保育士や幼稚園教諭、小学校教諭、養護教諭、特別支援学校教諭の養成に携わったこともあり、子どもの認知発達の研究に関心を寄せるようになりました。子ども園の先生方のおかげで、500人近くの子どもの発達検査、描画の分析、保育造形等、ありとあらゆる学びの機会をいただきました。記憶の働きを調べることに関心は向いていましたが、記憶の働きだけをみていても見えてこない部分もあると実感した時期でもあります。当然、そこで多くの発達症の子どもたちにも出会ってきました。不思議なことに、乳幼児期の子ども達に携わると、周囲の大人は、自然と子の「将来」「先」のことを言葉にする頻度が高まります。ふと記憶の働きも過去だけではなく、未来志向的であることに気づきます。このことを自覚するようになったのは、自閉スペクトラム症の子どもの未来志向的な記憶がどうなっているか調べてみようと共同研究を始めたことがきっかけでした。 「未来志向的な記憶」、このことをもう少し説明したいと思います。人の記憶は、現在から過去、未来へとタイムスリップできます。映画Back To The Futureの世界です。例えば、「明後日は仕事帰りに友人と紅茶を飲みに行くから、それまでに仕事を終わらせないと」と考えたりします。つまり、明後日友人と紅茶を飲むことを想像する「未来」に行き、楽しくその時間を迎えるための「現在(未来から言えば過去)」に戻って何をどのように段取りをしなければならないのか考える、そういったことを意味します。どうも、6歳頃からこうした時間軸を行き来する記憶の働きが可能になることがわかってきています(欧米の子どもはもう少し早いみたいです)。つまり、6歳頃から、過去と未来の時間軸を、現在を媒介にして行き来できるようになるわけです。そうしたことを調べた研究をご紹介します(5)。

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