自閉スペクトラム症と記憶:教育への示唆(堀田 千絵 著) -奈良教育大学 出版会-
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簡単に言うと、6歳を過ぎるころから、上に述べた子どものように、逆に先生が怒られてしまうほどのしっかりした表現で応えてくれます。特に、定型発達の子どもは4歳、5歳、特に6歳を過ぎる頃に、過去も未来も先に見たような形で確実な答えを返してくれるようになっていきますが、自閉スペクトラム症の子どもは6歳頃から停滞しています。多い表現としては、「わからない」。過去の課題は「家で聞いた、誰からも聞いてない」。未来の課題は「明日でいい」等です。こうした時間軸上の行き来が急速に発達する時期に、自閉スペクトラム症の子ども達は、そうならないということがわかりました。 こうしたことを小学校以降の授業場面で対応させて考えると、私たちがどのように子どもたちの学習が進んでいるのか丁寧によみとってつきあっていくことの大切さを教えてくれます。子どもたちが学習をしている時、「あれ、これ(現在)ってこの間聞いた内容で、しかも間違えた問題だ(過去)。もしかして、また間違えるかもしれない(未来)。ちゃんと友達の意見を聞いておかないといけない(現在)」。今まさに行っている学習活動をもう一人の自分が時間を行き来して、現在の学習活動を有意義にしようとする調整場面だといえます。この活動はメタ認知と呼ばれています。小学校以降の自律的な学びを支える重要な記憶の働きだと考えます。解法がわかる、積極的に発言できる等、目に見える現象だけではなく、子どもの葛藤や混乱といった見えない過程を支える教師の役割の大切さに気づかされます(6)。 それでは、そろそろ、現在にタイムスリップして戻ってきたいと思います。 4.記憶研究が与える教育への示唆:現在の興味、大切にしたい考え こうした記憶研究の知見が与える示唆として最も大切なことは、子どもにどのように関わるのかという私自身の姿勢への問い直しだと思います。自閉スペクトラム症のある子どもは先述した過去や未来への時間の行き来が全くできないわけではありませんが、自然に行うことが難しいようです。過去を思い出しているとそのまま現在に戻ってくることができなかったり、未来に行っても現在に戻ってくることができないので、あれこれ見えないことが多すぎて不安が増したりします。今にしがみつきたくなる。それがもしかすると「こだわり」としてみえるのかもしれません。いつもと違う出来事(避難訓練や修学旅行)は見通しがもちにくくなり、不安が高まって当然です。他にも、一般に学習効果を高めると信じられている記憶方略は自閉スペクトラム症のある人にはあわないこともわかってきました(7)。通常の学級で行われているような学習が子どもたちの学びの経験に見合っているのか、実は当然のことを原点に返って教えてくれるのが自閉スペクトラム症の人達です。先の研究で示したように、繰り

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