自閉スペクトラム症と記憶:教育への示唆(堀田 千絵 著) -奈良教育大学 出版会-
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返して勉強して定着したけれども忘れやすい、一方で忘れようと思って忘れたい出来事はなかなか忘れられない。そんな目にみえない働き方をしていて、学習場面や社会生活の様々な場面で悩みを抱えたり、周囲に理解されないことがあるのだとわかってきました。まずはこういったことを知ることから支援が始まるように思います。 自閉スペクトラム症の子どもや大人の記憶の働き方を研究していると、「障害」とはどういうことか。「障害がない」ということはどういうことなのか、いわゆる定型発達の人達の記憶の働き方を知ることにもつながります。そういった意味で、自閉スペクトラム症について記憶の視点から教育を考えることは、探究に値し、解明に近づくことで、本人、社会に役立つ視点がみえてくることがあるのだと信じています。 私自身のタイムスリップを通して、皆さんに記憶の重要性をお伝えできればと思い、これまで述べてきました。タイムスリップする前後で私の自分史は大きく変化しました。もし、私の記憶が先に示したように、都合よく良い記憶に塗り替えられるフォルスメモリが働けば、明るい過去になるでしょうし、忘れたい記憶が簡単に忘れられれば、適応もしやすいと思います。また、先を見通して未来や過去を現在の環境に合わせられれば失敗経験も減るでしょう。きっとその方が生きやすいと思います。しかし、一歩立ち止まってみたいと思います。適応しなければならないと思い込みすぎると窮屈になり、私自身が自分で自分の人生を縛ってしまうことにもなりかねないと考えます。記憶の正確さや適応のしづらさは、自閉スペクトラム症の人々の律義さ、純粋さ、素直さというパーソナリティの形成につながっている点もあり、無責任なことは言えませんが、そうしたことからも社会が学ぶべき点は多いと思います。その人らしさを大切にできる社会を実現できるために教育が担うべき役割を考え、日々私自身の考え方、姿勢を問い直す機会をいただいていると感じています。

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