「静かにしてくださーい!」-授業場面の作られ方の社会学的考察-(粕谷 圭佑 著)- 奈良教育大学 出版会 ー
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は何が予測できるでしょうか。教師から「はい、いいですか?」という合図が為されているにも関わらず、児童の側がその合図に答えていないとすれば、授業場面への局面転換は首尾よく成し遂げられません。そうなると、次に来うるのは、騒がしい児童の状態についての注意です。誰も先生に叱られたくはありません。しかし、教室のざわつきが収まるのにはまだ数秒程度かかることが予想できます。そのような状況では、少なくとも「今の状況は良くないということはわかっている」ことを示すことで、教師からの注意を避けられるかもしれません。 そこでやっと出てくるのが「静かにしてくださーい!」です。しかもそれは一人だけが発するのではなく、次々に他の児童へと「伝染」していきます。これまでの考察を踏まえると、この「静かにしてくださーい!」によって、少なくともその発話をした児童は、今のざわつきが適切でないと「わかっている」ことを教師に示すことができます。たとえ、それが何人もの児童の大声で発されて、教室が前よりもうるさくなったとしても、教師としては注意しにくいでしょう。なぜなら、彼らは自分たちのざわつきが望ましくないこと、そして、これから授業場面への局面転換が行われるとわかっていることを示しているのですから。 以上のような考察が妥当であるならば、「静かにしてくださーい!」という発話が、この場面の児童にとって非常に有効な戦略であるように見えてきます。つまり、この発話をすることで、児童は教師からの叱責を避けたり、児童集団に向けられた緊張状態を吸収することが望めるということです。実際、筆者が観察していた学級では、それまでさわがしくしていた児童本人が「静かにしてくださーい!」と声を張り上げる場面が何度も見られました。これも、児童の戦略として「静かにしてくださーい!」が発されていると考えるなら、納得のいくものです。 ここまで、「静かにしてくださーい!」という学校で見られる独特の発話に着目し、その発話が出現する場面の簡単な分析を行ってきました。とはいえ、本稿で行えたことは、筆者によるメモという限られた情報をもとにした考察です。そのため「静かにしてくださーい!」は児童の戦略として行われている、という結論は仮説的なものにすぎません。むしろ、本格的な研究はここから始まり

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