情報とは-人が人間として生きるために-(小﨑 誠二 著)- 奈良教育大学 出版会 ー
7/11

生きていくためには情報が必要です。言い換えれば、情報は生きていくために必要なものです。もちろんそれは、たとえば五感がないと生きていけないということではありません。人に限らず、生物には、何らかの感覚が備わっていて、それらは生きていくために必要な情報を集めている、ということです。まさに人のからだは、高度な情報収集器官です。そして、声を出すこと、書くこと、描くことはもちろん、ジェスチャーや目配せなどの態度や表情で、お互いが細かな情報をやりとりすることもできます。コミュニケーションとは、情報を伝達しあうことです。人がもっている、情報伝達手段の中で、思いや考えを伝えるのに最も大きな役割を果たしてきたのは言葉です。言葉は、最も典型的な情報そのものであり、人が人間であるために、なくてはならない情報伝達のためのツールです。近年、情報機器が広く普及し、個人レベルでも写真や動画を手軽に扱うことができるようになり、直接出会わなくても情報をやりとりすることが簡単になりました。一方で、インターネット上でいろいろな情報を気軽に、それも大量に扱えるようになったことで、これまでは存在しなかった問題も生じるようになりました。たとえば、とても悲しいことに、自らは名のらずに誹謗中傷を書き込み、他者を傷つけてしまう行為などがそれですが、そのときに使われる情報は、多くの場合言葉です。スイスの言語哲学者のソシュールが唱えた構造主義と呼ばれる考え方があります。誤解を恐れずに、できるだけシンプルに説明すると「はじめに実体としてのモノが存在していて、それに対してヒトが認識してからモノに名づけるのではない。そもそもの言葉がないとモノを名づけることができない。言葉があってはじめて他のモノと区切ることができ、モノとして認識できる」という考え方です。たとえば、犬や猫ははじめから存在しているわけではなく、「犬」「猫」という言葉があってはじめて区別がついて存在できる、という考え方です。これは、言葉という情報がモノを創り出すという考え方で、言語学にとどまらず、哲学、文化人類学などにも大きな影響を与えています。はじめの話に戻ります。「こざき先生は、国語の先生なのに、情報を教えられるって…」という話ですが、実はその感じ方は不自然だということに気づいていただけるのではないでしょうか。国語は、究極の情報である言葉を中心に扱っています。言葉を使って、お互いがもっている情報をできるだけ正確にや

元のページ  ../index.html#7

このブックを見る