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概要

ならやま 2020年夏号

クローズアップ+不完全な状況が言語習得を促進するしかし私は、語学を学ぶことは変わらず大きな意義を持ち続けるだろうし、言語学者としての仕事が人工知能にとってかわられることもないと考えています。そもそも人工知能の発達が、言語学の研究課題に全く何の示唆ももたらさないかと言うと、そうでもないのです。言語学者が関心を寄せるテーマの一つは、「なぜ人間は言語を習得できるのか」というものです。言語習得の問題を考えるには、まず、言語習得中の子どもは、文法的に正しい文ばかりをインプットとして受け取るわけではないという事実を押さえねばなりません。皆さんは、母語である日本語で会話する時ですら、文法的に間違った不完全な文を数多く発していませんか。子どもは話し言葉をとっかかりにして言語習得を始めるのが普通ですから、そのように不完全な発話に満ちた世界に置かれていても、きちんと母語を習得していくというのは不思議なことです。言語学者のノーム・チョムスキーは、この謎を「刺激の貧困(poverty of the stimulus)」と呼んでいます。この「刺激の貧困」は、近年の人工知能の発達とも関係しているのです。人工知能の目覚ましい発達を支えているのは「深層学習(ディープラーニング)」と呼ばれる機械学習の手法です。深層学習を成功させるには、とにかく多量のデータを人工知能に与えてやる必要があるのですが、この学習フェーズで典型的・標準的データばかりを使っていては、人工知能の精度は高まらないのだそうです。典型例から逸脱したデータも与えることで、深層学習は成功に導かれるのです。同じように、子どもは不完全な表現に触れる機会があるからこそ、言語を習得できるのです。文法的に正しい、何一つ欠けるところのない表現を耳にしているだけでは、かえって応用が利かず、実際の言語運用力が身につかないといったところでしょうか。言語習得にはある種の「ノイズ」が必要なのです。Zoomでのゼミの様子11_SUMMER 2020ならやま