キノコというとマツタケ、シイタケ、シメジ、エノキタケ、マイタケ、ナメコなどが思い浮かぶのではないか。これらの内、マツタケ以外は大量に栽培され、食卓にもよく登場するだろう。マツタケやホンシメジの栽培はまだ難しいようで、食べる機会は少ないが日本人はたくさんのキノコを食べる。しかし、シメジやホンシメジという名で店頭に並んでいるのが、おがくずで栽培されたブナシメジやヒラタケであることはあまり知られていないようだ。
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写真1 | 写真2 |
エノキタケ(写真1)は実習林でも確認されている。キノコ狩りのシーズンは秋というのが一般的だが、そうとは限らない。エノキタケは冬のキノコだ。雪の降り積もったところにも顔を出す。英名をウィンター・マッシュルームという。野性のエノキタケは茶色く柄にはビロード状に毛が密生している。店に売っている白くひょろ長いものは、暗所でもやし状に栽培されたものだ。
きりたんぽには欠かせないマイタケも最近はおがくず栽培されたものが出回っている。野性のものはブナ科の大木の根元に発生する。マイタケの傘の裏面をよく見ると細かい穴がびっしりとあるのがわかる。マイタケは多孔菌科のキノコでサルノコシカケのなかまだ。
キクラゲも中華料理でお馴染みのキノコだ。キクラゲやアラゲキクラゲが栽培され乾燥品が売られている。このなかまでは、タマキクラゲ(写真2)、ヒメキクラゲなどが確認されている。いずれも食用になる。
ここまで食卓でも馴染みのあるキノコを取上げた。キノコは食べ物になる。しかし、怖いことに少数の毒キノコもある。一体何のために毒を持っているのかは、よくわからない。これら毒キノコを見分ける方法があるといいのだが、残念ながら簡単な方法はない。柄が縦に裂けるキノコは食べられる、色の派手なキノコはだめで地味なのは食べられるなど、よく言われるが、根拠のない迷信を信じてはいけない。食べることで最悪の場合は死亡するのだから、食べられる種類かどうか自信のない時は口にしないことだ。また、面白いことに毒キノコのテングタケに含まれるイボテン酸やハエトリシメジに含まれるトリコロミン酸は毒成分であると同時にうまみの成分でもあるそうだ。味で毒キノコを見分けることも不可能だ。
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写真3 | 写真4 |
よく見かける毒キノコにニガクリタケ(写真3)がある。実習林では登山道の崩れ止めに使ってある丸太などに群生して生える。このニガクリタケを見つけたら少しだけかじって味をみてみよう。名前の由来がわかるだろう。後で吐きだしておけば中毒するようなことは決してない。トチノキ回廊沿いでは猛毒のタマシロオニタケ(写真4)も見られる。
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写真5 | 写真6 |
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写真7 | 写真8 |
キノコは薬や美術品にもなる。霊芝(れいし)というのを御存じだろうか。普通これはマンネンタケというキノコのことで、杓子(しゃくし)を逆さに生やしたような奇妙な格好をしている。中国では昔から不老長寿の薬として珍重され、日本でも幸菌(さいわいたけ)、万年茸などと呼ばれて薬や飾り物として喜ばれてきた。実習林ではマンネンタケの仲間で、針葉樹の切り株などに生えるマゴジャクシ(写真5)が確認されている。
虫から生えるキノコがある。昔、中国で冬の間は虫の格好をしていて夏になるとキノコ(草)になる変った生き物とされ、冬虫夏草と言われるようになった。実習林ではこのなかまのカメムシタケ(写真6)がよく見つかる。その名の通りカメムシの死体からオレンジ色のマッチ棒のようなキノコが生える。
上には上がいるもので、何とキノコの上に生えるキノコまである。菌に寄生する菌ということで、菌生菌と呼ばれる。実習林ではタンポタケ(写真7)が確認された。タンポタケはツチダンゴというキノコから生える。このツチダンゴというキノコも変っていて球形のキノコが地中にできる。有名な珍味のトリュフも地中にできるキノコの1種だ。トリュフなどの地下にキノコができる菌は発見が難しいので報告例が少なかったが、実は日本にもトリュフはあって、最近ぞくぞくと新発見の報告がされている。これらの地下にできるキノコはイノシシなどが掘り返して食べているという。
虫と仲良しのキノコもある。ヒメスッポンタケ(写真8)(以前はキイロスッポンタケと報告していましたが、誤同定でした。訂正します。1997.6.5)が実習林で見つかったが、このなかまは強烈な悪臭でハエや甲虫を集めて、胞子の散布をしてもらっているスッポンタケ科のキノコにだけ集まるという昆虫までいる。
キノコとはいったい何なのか。光合成はしないし、動物でもない。胞子でふえるので植物のようだが、栄養は有機物を分解吸収して得るので動物と似ている。今の分類ではキノコやカビは菌類とされ、植物でも動物でもない生物群としてとらえるのが普通だ。
キノコは高等菌類が胞子を散布するために作る器官で、専門的には子実体(しじつたい)と呼ばれる。カビの作る子実体のうち、肉眼で確認できるくらい大きなものをキノコと言っている。
よく言われるたとえ話だが、キノコを「高等植物の花にあたる器官」としてとらえると理解しやすいようだ。普段は土壌や材木の中で生活していて、気温、水分などの条件がそろうと“開花”する。1つのキノコの“開花期間”は短い種が多いが、コフキサルノコシカケのように子実体が何年間も成長し続ける種もある。
キノコはさまざまな場所に生えるが、とくに林に多い。キノコの栄養源が豊富なためだ。逆に考えると、キノコがいないと森は樹木の死体で埋もれてしまうのだろう。キノコと樹木には深い関係があって、林の樹種によって生えるキノコの種構成もかわってくる。実習林には、スギ-ヒノキ植林、ミズナラ林、ブナ林などいろいろなタイプの林がある。発生するキノコはかなりの種数になると思われるが、記録はまだまだ少ない。
実習林のキノコについては、大井浩さんが1990年に調べた記録がある。この調査では90種を採集し、この内48種を同定している。この調査の後も、これら48種以外のキノコがいくつか確認されている。しかし、176haもある実習林のこと、もっとたくさんの種類が見つかるはずだ。
実習林に限らず林に入る機会があったら、キノコにも注目してほしい。なんにもないように見えるところから生えてくるキノコはとても不思議な生き物に感じられるだろう。キノコなどの菌類の生活を感じとることは難しいことだが、菌類も含めて、生き物の世界をあらためて見直してみてはどうだろう。土壌や材木の中など、身近で見えない世界のイメージが変ってくるだろう。(1994年9月:丸山健一郎)