つくられた〈文学〉─大正期投稿雑誌をめぐる読者・作家・メディア─     日高佳紀

 たとえば夏休みが近づくと「新潮文庫の100冊」などと銘打って、学校教育とタイアップした出版企画が書店を賑わすように、「活字離れ」が言われて久しい昨今でさえ、いまだに〈文学〉は優れた人格形成のために必要不可欠なものとして信じられているようです。しかし、明治期のように、〈文学〉を読むような青年たちはあからさまに「不良」というレッテルを貼られていた時期もあったのです。本格的に〈文学〉が〈教養〉と結びついて、個人の人格的成長を助けるものとして扱われるようになるのは大正期に入ってからのことなのです。〈文学〉が、それ自体価値あるものであると認められるようになるためには、その周辺の出版ビジネスによる価値観の組み換えと、新たに創出された価値体系を念頭に置いた作家の出現を待たねばならなかったのです。今回は、大正期に一般読者向けに投稿を促していた『文章倶楽部』(新潮社)という雑誌を中心とした出版社の取り組みを見ていくことで、当時の読者および作家の認識の転換と、〈文学〉そのものに与えた影響についてお話ししたいと思います。