国周(Kunichika 天保六年−明治三三年(1835−1900)

 三代豊国(初代国貞)の門人。京橋五郎兵衛町の湯屋に生まれ(みずからは京橋三十間掘りの大家の子という)、はじめ長谷川派の豊原周信に学び、のち三代豊国に入り国周と改め、花蝶楼・一鶯斎・豊春楼・米翁などと号し、豊原と称し歌川を称することはなかった。役者大首絵にすぐれ、三枚続きに一人の役者の半身を描くものなど知られる。その門に周延・周里・周春らがある。


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