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5 キノコの生物学


5-1 キノコって何なの?

 広辞苑で【きのこ】を引くと、
「木の子」の意。子嚢菌(しのうきん)の一部および担子菌(たんしきん)類の子実体(しじつたい)の俗称。山野の樹陰・朽木などに生じ、多くは傘状をなし、裏に多数の胞子が着生。松茸・初茸・椎茸のように食用となるもの、有毒のもの、また薬用など用途が広い。古名くさびら。 秋の季語。
とあります。

 子嚢菌?担子菌類?子実体?とよくわからない言葉が並びますが、とにかくキノコは菌類に属する生物です。きのこ、茸と言うけれど、生物としてのキノコとはいったい何ものなのでしょうか。


5-2 義務教育での菌類の扱い

 義務教育(場合によっては高等教育でも)では菌類は「花の咲かない植物」のひとつとして扱われます。菌類について詳しく学ぶ機会のない現状ですから、キノコを植物の一員と理解している方も多いのではないかと思います。実際長い間、菌類は葉緑素を持たない下等な(進化の遅れた)植物と考えられてきました。しかし、キノコはけっして下等な生き物ではありません。種子植物と同じ時代に出現したとされ、むしろ新しい生物群と考えられています。


5-3 菌類は植物ではない!−生物分類の今昔−

図−生物の分類今昔  生物の分類は、「すべての生物は動物界と植物界の2つの分類群に大きく分けてとらえることができる」という2界説が長い間支配的でした。この分類はわかりやすいので、義務教育でもこの分類にしたがって教えることになっています。そう習ってこられた方が多いと思います。
 ところが現在の生物学ではこの分類は古くなっています。生態学や生理学の知識が蓄積され、それを取り入れた、3界説や5界説、多界説などの新しい分類がなされるようになりました。最近では、菌類は植物・動物と並ぶ第3の大きな生物群として認識されるようになっています。

5-4 キノコは花

図−キノコは花

 たとえて言うなら「菌類のキノコは、植物の花のようなもの」です。キノコというのは菌類のつくる子実体の俗称です。子実体というのは菌類が胞子を散布するために作る器官の名称です。つまり種子植物が作る花とよく似た働きをする器官と言えます。
 菌類にもいろいろなグループがあるのですが、子嚢菌と担子菌とがキノコをつくるグループです。普段、これらの菌は木材や腐葉土の中で菌糸(きんし)と呼ばれる糸状の形で生活しています。この状態ではカビと区別はつきません。
 私たちが目にするのは、キノコの生活史のほんの一時期に過ぎないともいえます。

5-5 キノコの役割

5-5-1 作る・食べる・分解する

 ほとんどの植物は、太陽の光を浴びて光合成をして生きるためのエネルギーを作っています。多くの動物は、植物を食べたり、そうして育った動物を食べたりして生きるためのエネルギーを得ています。
 それではキノコはどうやってエネルギーを得ているのでしょうか。キノコの仲間(菌類)は主に植物や動物の遺体を腐らせる(分解・吸収する)ことによって生きるためのエネルギーを得ています。
どうやってエネルギーを得ているのかに注目すると、エネルギーを生産する生き物、エネルギーを食べ(消費し)て得る生き物、エネルギーを分解吸収して得る生き物の3つのグループに大きく分けることができます。それぞれを生産者、消費者、分解者と呼んだりもします。
 生産者・消費者・分解者の代表的な生物群が、それぞれ植物・動物・菌類となっています。このように見ると生き物の世界をよりすっきりと理解することができます。

5-5-2 リサイクルがキノコの仕事!?

図−生物界の物質循環  キノコやほかの菌類たちは、植物や動物の体を作る複雑な物質を分解して、もとの単純な物質に還元する働きを持ちます。今風に言うと物質の「リサイクル」です。森の中で倒れた樹が土にかえるのは、小動物とキノコの働きによっています。木材の化学成分にはキノコしか分解できない物質が含まれています。もし、キノコがいなければ、森は樹木の死体で埋もれてしまうことでしょう。

 今、地球上にある物質の中で、生物が利用できる物質はどのくらいあるのでしょうか。「地球は大きい」といっても生物が生活できるのはその表面のわずかな部分に限られます。生物の体の大部分は炭素、窒素、酸素、水素でできています。特に炭素は空気中に二酸化炭素として存在する分しか植物が利用することはできません。こう考えると生物が利用できる物質は意外に少ないのではないかと思えてきませんか。
 植物がどんどん光合成をすれば、あっという間に利用できる二酸化炭素はなくなって、生物はすべてあの世行き・・・・・。こんな破滅へのシナリオが想像できます。しかし、生き物は現在まで生き残ってきました。早くから物質の「リサイクル」を行ってきたからです。
 

5-5-3 キノコと植物の深い関係

 最近では植物が水中から陸上へ進出した際にも菌類が深く関わっていたと考えられるようになってきました。現在でもほとんどの植物の根には菌類がとりつき、植物と栄養分のやり取りをしています。植物と菌類は互いに協力することで過酷な環境へ適応してきたと言われています。キノコは体が柔らかいので化石として残りにくく、古生物としての研究は遅れていますが、最近、琥珀に閉じこめられたキノコの化石も見つかっているようです。キノコの進化論も面白いかもしれませんね。

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