11月7日(金)に学部科目「日本語教育論」「教職実践演習セレクトセミナー」の受講者を対象に「日本語指導が必要な子どもとことばについて知ろう」と題した授業を行いました。前半では「日本語教育論」受講中の留学生による母語レッスンを通し、新しい言語を学ぶ不安や楽しさを体験しました。また、後半の大原エリザベス先生(二階堂養護学校支援員)の講話では、ご自身の外国人児童としてのライフストーリーや母語支援員としての経験を伺い、将来学校教員になる本学学生に熱いメッセージをいただきました。
【留学生の母語レッスンに対するコメント】
・中国語のクラスに振り分けられて、できるだけ日本語喋らずにやるということがどれだけ難しいか身をもって体験しました。通じないと自然にジェスチャーで伝えようと必死になったりしているうちに、気づいたらえがおにあふれていて、すごく楽しい経験をしました。もっともっと多国籍の文化について知りたいと心から思いました。この経験をここで終わらせず、次の選択肢へと繋げたり広げたりしていきたいなと思います。
・楽しくベトナム語を学ぶことができた。全てベトナム語で授業が進んでいく中で、わからないながらも、自分たちなりに理解をすることができた。英語を用いて、理解に努めたが、英語のわからない児童生徒の場合、全て異国の言葉で授業が進んでいくと取り残されるような気がするのだなと学ぶことができた。
・留学生の子たちとたくさん話せて、交流できて楽しかったです!同じグループじゃなかった子達とも終わった後にお話できて、いい機会だったなと思います。これを機会にまた喋ったりできたらいいなと思います。自分も何か日本語以外の言葉を学んでみたいなと思いました。
・留学生にトルコ語を教えてもらい、少しはトルコ語について知ることができた。日本語と並びが似ていたり、同じ言い方をする単語があったり、共通点が見つかると楽しく、また、自分がうまくトルコ語を話せたときは、相手に伝わっているのだとわかり、とてもうれしい気持ちになった。私は、日本のことが好きで日本語を勉強してくれている外国人がいると嬉しくなるし、自分自身が今回の授業でトルコ語を少し話せるようになってとても楽しかった。はじめは全くわからず、うまくコミュニケーションが取れない場面もあったが、少しずつ会話のラリーができるようなり、言葉でつながることのうれしさを感じることができた。言語は、国によってバラバラだからこそ、少しでも学ぶともっと知りたい、もっと話してみたいと思わせてくれる力があると考えた。留学生にトルコ語を教えてもらったことで言葉でつながることのうれしさを感じ、それを日本語指導が必要な子どもにも感じてもらいたいと考えた。普段は日本語か、話したとしても英語なのであまり言葉でつながるうれしさを感じることがなかったが、自分にとって本当に初めての言語を話すことができたときはこんなにもうれしいことなのかということに今回の授業を通して気づいた。日本に来たばかりの子どもは、不安なことでいっぱいだと思うが、少しでも言葉でつながることができたら、自分自身が今回の授業を通して感じたような気持ちになってもらえると思う。そのため、まずは子供のことをしっかりと理解した上で、丁寧に日本語の指導ができる教員を目指したい。

【大原エリザベス先生の講話に対するコメント】
・実際に幼少期を日本で過ごされた方のお話を聞くことが出来たのはとても勉強になった。私は来年から教員する予定であり、多文化共生の地域であることから、今回学んだ事を糧に生徒や保護者と関わって行きたい。
・日本語指導は対児童・生徒を想定していたが、保護者も多くの不安を抱えながらこどもを学校に送り出していることがわかった。
・外国から来た子供たちが、日本語を話せない時期にどのような気持ちで過ごしていたのかなど気持ちの面では考えたことがなかった。今回学んだことによってこれから出会う外国から来た児童や生徒に対してどのような視点を持って接していくのが良いのかを考えるいい機会になった。
・講義の中で一番印象的だった言葉は、「言葉が分からなくても、子どもは大人の顔色をよく見ているから」というものでした。日本人同士の教師と児童の関係でも、子どもは大人の顔色をよく見ていると言われています。だから、言葉がわからないとなれば、傷ついたり不安になったりする回数も私たちより多かったのではないかと思いました。教員になる立場として、子どもの背中を押すような支援やサポートも大事ですが、無意識のうちに子供を傷つけるような言動をしないように気をつけなければならないと気付かされました。
