私が留学を志したきっかけは、第二言語習得研究を理論だけで終わらせたくなかったからです。現在私は、「対話を続けるための表現の定着が中間言語の発達にどのような影響を与えるのか」というテーマで研究を進めています。しかし、日本国内での実践のみでは、英語が第一言語として機能する環境における実際の相互作用を体験することができず、研究をさらに深化させるためには限界があると感じていました。そこで、自らが「学習者」として異言語環境に身を置き、言語使用の困難さや意味交渉のプロセスを体験的に理解したいと考えました。派遣先としてCentral Michigan University を選んだ理由は、教育学および言語教育関連科目が充実している点に加え、多文化的環境の中で実践的なコミュニケーション経験を積むことができると考えたためです。教育実践と理論を往還できる学修環境に大きな魅力を感じました。
準備は約1年前から開始しました。具体的には、アカデミックリーディングの強化、教育関連専門用語の整理、SLA理論(インプット仮説・アウトプット仮説・相互作用仮説)の再確認、履修予定科目のシラバスの事前確認、ビザ申請や住居手続きなどを行いました。特に意識したのは、「英語が話せるようになる」こと以上に、「英語で思考できる状態」を作ることでした。ゼミ担当教員の助言もあり、日常的に英語で日記を書くことや、独り言を英語で言うことを習慣化し、自分の思考そのものを英語で処理する訓練を継続しました。
大学寮に滞在しました。ルームメイトはアメリカ人学生であり、日常生活そのものが言語実践の場となりました。キッチンでの何気ない会話や食事中の雑談、意見の相違が生じた際の調整など、教室外での相互作用が最も大きな学習機会であったと感じています。
現地では以下の授業に参加しました。
【授業サポーターとして参加】 ・JPN 101 Elementary Japanese I ・JPN 201 Intermediate Japanese I
日本語学習者の支援を行う中で、学習者がどのように意味交渉を行い、どのようなフィードバックが発話を促進するのかを実践的に観察することができました。
【履修科目】 ・NDS 160 Introduction to Cooking ・PED 159 Billiards Beginning
【聴講科目】 ・EDU 107: Exploring Education: Teaching as a Profession ・TAI 182: Acting I ・FRN 101: Elementary French I
教育学、表現活動、そして自らが外国語学習者となる経験を通して、言語と学習を多角的に捉える視点を得ました。
7:00 起床
8:00 朝食・英語ニュース視聴
9:00 授業
12:00 友人と昼食(授業内容や日常についてディスカッション)
14:00 図書館で課題・論文読解
17:00 ジムまたは散歩
18:30 夕食
20:00 課題・プレゼンテーション準備
23:30 就寝
授業内の学習に加え、授業外のディスカッションや偶発的な会話を積極的に経験することを意識しました。
最も大きな変化は、「完璧でなくても発話する勇気」が身についたことです。当初はネイティブ話者との会話に強い緊張を感じていましたが、日本語クラブなど自分と共通点のある環境に身を置くことで、比較的低い情意的フィルターの状態で発話することができました。この経験から、学習者が安心して発話できる環境設定の重要性を実感しました。また、対話の際には意識的に聞き返しや確認といった「対話を続けるための基本表現」を使用しました。Pardon? や Do you mean…? といった表現を用いることで、対話を短時間で終わらせるのではなく、意味交渉を通して継続・深化させることができました。これらの体験を通して、自身の研究テーマが理論上の概念にとどまらず、実際の相互作用の中で機能することを確信するに至りました。
帰国後は、来年度より赴任予定の公立小学校において、「対話を続けるための基本表現」の指導を実践の中で検証していきたいと考えています。まずは日々の授業実践を大切にしながら、理論と実践を往還する姿勢を持ち、実証的な記録と分析を積み重ねていきます。その積み重ねを通して、日本の英語教育の質的向上に貢献できる研究者・教育者へと成長していくことが目標です。また、言語教育に携わる者としてだけでなく、一人の表現者としても、人と人をつなぐ存在であり続けたいと考えています。
今回の留学で私が最も強く実感したのは、「言語能力」と「対話を続ける力」は必ずしも同じものではないということでした。
渡航前、私は第二言語習得理論を学び、対話継続表現の重要性を研究テーマとして扱ってきました。また、留学要件であったDuolingo English Testのスコア100以上を取得していたことから、自分にはある程度の「言語能力」が備わっているのではないかと思い込んでいた部分もありました。
しかし実際に英語が第一言語として機能している環境に身を置いたとき、私は決して「流暢な話者」ではなく、常に不安と隣り合わせの一学習者でした。授業での発言や日常会話の中で、自分の考えを瞬時に英語で組み立てる難しさを痛感しました。
特に印象的だったのは、発話の正確さに意識を向けすぎると、言葉が止まってしまうという経験です。文法的誤りを恐れるあまり、発話そのものを控えてしまうことが何度もありました。この体験を通して、情意的要因が発話に与える影響の大きさを身をもって理解しました。
一方で、日本語クラブなど自分と共通点のある環境に身を置いたとき、心理的負担が軽減され、自然と発話量が増えることにも気づきました。安心できる環境は、学習者にとって挑戦への足場になるのだと実感しました。学習者が安心して発話できる状況設定の重要性を、理論ではなく体験として理解できたことは大きな収穫でした。
また、対話の際には意識的に「Pardon?」「Do you mean…?」といった確認表現を用いるよう心がけました。これらの表現を使うことで、会話が一往復で終わるのではなく、意味交渉を伴うやりとりへと発展することを経験しました。完璧でなくてもよいから、対話を止めない。その姿勢こそが、言語習得を支える重要な要素であると感じました。
さらに、日本語授業のサポーターとして活動する中で、学習者が不安を抱えながらも一歩踏み出す瞬間を何度も目にしました。その姿は、留学初期の自分自身と重なりました。支援する立場と学習する立場の両方を経験できたことは、今後教壇に立つ上での大きな財産です。
今回の留学は、英語力の向上だけでなく、「学習者であること」の意味を問い直す経験となりました。理論として学んできた概念が、自らの体験と結びついたことで、研究はより立体的なものへと変化しました。
今後は、来年度より赴任予定の公立小学校での実践を通して、子どもたちが安心して対話に挑戦できる環境を設計していきたいと考えています。理論と実践を往還しながら、日々の授業を丁寧に記録・省察し、その積み重ねを研究へとつなげていきたいと思います。
対話を続ける勇気が、学びを深める力になる。そのことを実践と探究の両面から問い続けていきたいと思います。
2024年度帰国報告会