ここ数年の異常気象により、入学式と本学のソメイヨシノの開花とのタイミングが合うかどうか、いつもやきもきしているところですが、今年は、寒さと暖かさの綱引きで寒さの方が勝り、開花の時期が長く、皆さんの入学を咲き飾ってくれることとなりました。
本日ここに、柳澤保徳 元学長・名誉教授、加藤久雄 前学長・名誉教授、久保三左男 奈良教育大学同窓会竹柏会会長、松原さおり 同理事、赤松知也 後援会会長代理のご臨席を賜り、令和7年度奈良教育大学入学式を挙行できますこと、大変嬉しく思います。
晴れて、教育学部に入学された276名の皆さん、大学院教育学研究科に入学された58名の皆さん、入学おめでとうございます。あわせて、ご家族やご関係の皆様にも、奈良国立大学機構理事長、及び全教職員一同、心よりお祝い申し上げます。
奈良教育大学は、明治7年(1874年)、奈良県初の教育伝習所「寧楽書院」として現在の興福寺本坊に設置されたことに始まります。明治7年の奈良県内における小学校就学率は52.7%、翌、明治8年は57.5%と、これは全国のトップクラスであり、それゆえ、この状況に対応すべく教員の養成が喫緊の課題となり、「寧楽書院」が開設されました。この年を、本学が「創基」された年とし、今年で151年を迎えます。
その後、明治21年(1888年)11月18日、現在の奈良公園バスターミナルがある地に校舎が設置され、「奈良県尋常師範學校」となって開校されました。本学は、この年を「創立」とし、ここを起点にこれまで周年記念行事を行ってきたところであり、今年は「創立137年」となります。いずれにしても、今日に至るまで、本学は一貫して、長く教員養成を担ってきました。
ちょうど2年前のことですが、入学式が終わった直後、学部新入生の山本隆萬さんが学長室にやってきて、明治7年の「寧楽書院」開設の方が重要で、まもなく迎える「創基150年」を、もっと大々的に取り上げ記念すべきではないか、と私に訴えました。
私は、「創立」からのカウントにより、周年行事を行ってきたこれまでの流れを重視すべきだ、として、あまり積極的には聞き入れなかったのですが、山本さんはそれにもめげず、学生主体で「寧樂書院愛友会」を立ち上げ、学校教育講座の板橋教授を顧問に据え、同窓会竹柏会も巻き込み、とうとう昨年、「寧樂書院創立150周年記念展『寧樂書院とその時代』」の開催と、『寧楽書院 150年の歩み』の刊行をやってのけました。
「記念パーティーをどうするか」、「資金をどう集めるか」など、形式にとらわれて躊躇していた私をよそに、彼らは学術的な歴史研究として、その軌跡を明らかにすることに徹し、史料の発掘や取材を重ね、まさに「研究」として、「創基150年」をクローズアップさせました。
記念展は、マスコミにも大きく取り上げられ、新聞記事に「大学からの支援が6千円しか得られなかった」と書かれてしまったことは、学長として大変恥ずかしく、また、「形式ではなく内容」、「かたち、ではなく、なかみ」で勝負した彼らに、私は「負けた」と思いました。ですので、今日もこうして「創基151年」であることをお話しすることで、彼らの努力を讃えているところです。
このことは、大学とは、自ら学び、自ら課題を見つけ、自ら研究するところである、ということを学生自身によって示してくれた実例です。皆さんもこれまで歴史を学んできたところですが、過去の事実を知り、今と未来を考える歴史研究の本質を示したものです。これは、歴史だけではなく、これから皆さんが取り組む教育に関わるあらゆる分野においても、「これからの教育をどうするか」ということを常に考え、教育の未来を皆さんの手によって、切り拓いていっていただきたいと思います。
オープンキャンパスでも述べましたが、現在、多くの難問を抱えている我が国の教育を、未来を生き、未来社会を創る子どもたちのために、私たち教員と一緒に考え、改善のために行動していきましょう。改革には、皆さんの力が必要なのです。
本学の教員は、いろいろな分野の専門家です。学生であるみなさんの所属も、●●専修、というように分かれていますが、それは、皆さん自身が強みとする分野・領域です。「自分は国語が強い」、「数学が強い」、「スポーツや芸術が得意」、「特別支援教育に関心がある」、だからそれを伸ばしたいと考えて、それぞれの専修を受験したことと思います。
しかし一方、例えば、高等学校の化学の教師になりたいという場合、化学の知識やその教え方を身に付けることはもちろんですが、他教科や他分野の知識も併せてもつことも非常に重要です。「異なる分野との融合」、「文と理の融合」など、これは本学の教員にも求めているところです。
例えば、本学において化学の教員と美術の教員が協働し、「文化財に使用される材料を科学的観点でとらえようとする研究」、「科学と文化の対話からうまれる絵画の素材研究プロジェクト」が立ち上がるなど、私は嬉しく思っているところです。皆さんもこのような領域を超えた学びや研究に積極的に関わっていただきたいと願います。
皆さんは、「私は文系」、「私は理系」と思っている人が多くいるかもしれません。「文系か理系か」という区分は、大学受験のために出てきた概念かもしれません。しかし、様々な分野が持つ課題が複雑に絡まり合い、難問となってのしかかっている現在、そして未来。それを乗り越え、克服していくためには、特に教育に携わろうとしている皆さんにおいては、専門分野を深めていくことはもちろんですが、他の分野と横断する、他の分野と自分が強みとする分野を統合する「知」を獲得していただきたいです。ですから、大学に入った今をもって、「文系」・「理系」といった区分やその言葉は、受験時代の思い出として取っておくぐらいにしていただきたいと思います。
本学のように、教育学部と教育学研究科だけの教員養成単科大学は、「小さな総合大学」と言われ、様々な分野をカバーしている教育・研究機関です。いろいろな学部が存在する、いわゆる「一般大学」より、本学はずっと分野間の垣根は低く、分野を超えた学び合いができる環境にあります。また、小規模であるがゆえに、教員間、学生間、そして教員と事務の方々の関係も、非常にフレンドリーです。ですから、いろいろな先生、事務の方々、そして、サークル活動でもよいですので、専修を越えた「人との付き合い」を重ねていってください。
さらに、「人間とは何か」、「人を愛するとはどういうことか」、「日本や世界の政治や経済は今後どうなっていくのか」といった、簡単には答えが出せない問いに対しては、皆さんのフレッシュで、瑞々しい思考と感性によって考え続けていただきたいです。それは、将来、教師になるかどうかに関わらず、皆さん自身のこれからの人生の根っこを築く、きわめて重要なものです。教養科目や、後ほどオリエンテーションでも説明があるかと思いますが、奈良女子大学や奈良市とともに開催している「学問祭」などからも学び、考え続けるきっかけを掴んでいただきたいと思います。
奈良教育大学は、その特色として、「奈良教育大学の3つの柱」を掲げています。
その1つ目は、「人・環境・文化遺産との対話を通した教育の追究」です。これは他の大学にはない、恵まれた環境がもたらす、本学の強みの1つです。
大学のすぐ隣には新薬師寺があり、そこには、国宝の薬師如来坐像、さらにはそれを取り囲む、これも国宝の十二神将立像があります。なにかに躓いたり悩んだりしたら、本学保健センターに行く前に、まず訪れて、目を閉じ、対話をしてみたらどうでしょう。
東大寺の大仏様とは、私たちが苦しんだコロナ禍と重ね合わせて対話してみてください。修学旅行とはまた違った感覚が得られるでしょう。
柱の2つ目は、「持続可能な社会づくりに貢献できる教員の養成」です。
本学は、附属学校園とともにユネスコスクールに認定されています。日本の大学としては認定第1号です。正門にはユネスコから寄贈されたユネスコスクールのプレートが収められていますので、見て、触って、入学の記念写真を撮ってください。
「持続可能な開発のための教育」(ESD:Education for Sustainable Development)という言葉を聞いたことはありますか? 本学は、ESDの推進拠点として、全国と世界を牽引しています。これは2つ目の強みです。
SDGsの17の目標はご存知のことと思います。その4番目に「質の高い教育をみんなに」があります。この4番は、他の16の目標と並列ではなく、「質の高い教育」によってSDGsすべての目標を到達させていく、つまり、教育によって持続可能な社会を創りあげていく、という考え方があります。本学は「教育大学」として、「教員養成大学」として、その実現と、実現に貢献する人材育成を目指しています。
柱の3つ目は、「教員養成と教員研修の融合」です。本学は、教職大学院に在籍する現職教員はもちろん、教育現場で活躍している先生方に対する研修に尽力していますが、その研修に教師を目指す学生も加わって教育実践力を育成することを「教員養成と教員研修の融合」としています。学部生と大学院生、また、本学と奈良県教育委員会や学校現場との交流に、積極的に参加してください。
さて、教育学部に入学された皆さん、今年の本学の受験倍率は、全国の教育学部の中でもトップクラスであった中、よくぞ本学を志し、見事合格を掴んでくれました。学長である私にとって、このことは単に「難関を突破してくれた」ことに対する賞賛だけではありません。ご存知のことと思いますが、いわゆる「教職離れ」は、我が国における大きな問題となっています。そこには、「教職はブラックだ」、「教員に対する処遇が改善されない」、「多忙化がなかなか解消されない」といった世論が影響しているものと考えられます。
けれども、「教師になりたい」、「子どものために尽くしたい」という夢を実現するために本学を志してくれた皆さんの、その果敢なチャレンジ精神が、私はとても嬉しいのです。
中には、「本当は本学以外の大学で学びたかった。でも偏差値が届かないので奈良教育大学にした」という皆さんもいるかと思います。でも、大歓迎です。
たとえ入学時にそうであったとしても、在学中の学びや経験を通して、「やっぱり先生という仕事は素晴らしい」と思ってくれるよう、本学は、皆さんのために力を尽くします。それは、教育課程や教育実習という私たちが用意しているものによって、そうなっていただきたいと思うのですが、それ以外にも多くあります。
例えば、幼年教育専修の学生が、奈良県総合医療センターの小児病棟で、子供たちのために季節にあった制作活動・ふれあい遊び・絵本の読み聞かせなどをしてくれています。これは単なるボランティアではなく、大学での学びを生かした活動です。さらに小児科の医師、病棟保育士など、多くの方々との出会いや協力を得ることで、小児医療などについての新しい知識を加えるとともに、「子どもに喜んでもらえた」という、かけがえのない感動を経験することで、やがて目指す保育者という仕事の魅力ややりがいを実感し、夢の実現にまた一歩近づけているものと思われます。
その他にも、「各学校でのスクールサポート活動」、「奈良市とともに行うまちづくり」、「夏の算数・数学教室」、「山間地域の支援」、「曽爾村や五條市などでのサイエンススクール」、「男女混合の新しいスポーツ『コーフボール』を、日本選手権での準優勝を弾みに、その普及・拡大を目指す取組」、「美術展や書道展、学生オペラなどの芸術活動」、ユネスコクラブによる「防災・減災など、社会を持続可能にするための活動」など、数多くのたくましい活動が見られます。
それらのどれもが、子どもたちのため、人々のため、社会のために「奈良教育大学で学ぶ私たちが何かをしたい」という動機によるものです。それらの取組によって得られた感動や、人に喜んでもらえた時の清々しさは、教師や教育者、教育によって社会貢献を担う立場に立っていく上で、とても貴重な経験です。
詳しくは、今お手元にある「広報誌ならやま」の最新号をご覧ください。またそこには、教職大学院の特集も掲載しております。
大学院に入学された皆さん、専門職学位課程(教職大学院)は、「教育課題を追求する研究力と研究成果に裏付けられた高度な教育実践力」を身に付ける課程です。修士課程は、「伝統文化や国際理解教育に関する研究を行い、その成果を生かして広く教育に貢献できる力量」を身に付ける課程です。
両課程についてはそれぞれの特色がありますが、私が今日申し上げたいことは、両課程の交流、また、日本人学生と留学生との交流を、ともに深めていただきたい、ということです。大いに期待しています。
さて、すでにご存知のように、奈良教育大学は、令和4年度から、奈良女子大学と法人を統合し、「国立大学法人 奈良国立大学機構」となりました。これは、両大学の経営を一元化することと、それぞれが強みとしてもつ教育や研究を、互いに提供し合い、両大学の学生をともに育てていこうという趣旨によるものです。
奈良国立大学機構のミッションとして、次の3つを掲げています。
1.多様性を包摂し、互いを尊重し高め合う社会の構築に向けて、「社会をリードする女性人材の育成」と「次代を牽引する教員養成」を進める。
2.文理統合的知性の涵養と高度な専門教育により、総合知を持つ人材を育成し、特色ある高度な学術研究を推進する。
3.開かれた大学として、国際的な知の交流を推進するとともに、教育と研究を通じて、地域と社会に貢献する。
です。
実は、法人統合以前からも、学生サークルでは両大学学生が混じり合った活動が展開されておりました。今後もさらに科目の共同履修、大学院における研究指導など、本学だけでは限界があったことを越えて、皆さんの学びや研究をより豊かにしていきたいと考えております。これもまた教育学部と奈良女子大学各学部との交流、異分野・異領域の融合を目指すものです。これは3つ目の強みです。
今、日本においても、世界においても、分断、分離、人と人との攻め(責め)合い、不毛な対立、寛容のなさ、が進んでしまっているように思います。私たちにおいても、コロナの影響かもしれませんが、「人と会って対話をするコミュニケーションの不足」が、時に不安を、時に孤独感を、招いている現実があります。
しかし、奈良教育大学と奈良女子大学においては、ともに奈良で学び、学問を追究する仲間として、「多様性を包括し、互いを尊重し高め合う」ことを実現させさせていきたいと考えています。
両大学とも小規模の大学です。人との対話によって、異なる価値観、異なる考え方、異なる理想を語り合い、自分の「伸びしろ」と視野をさらに拡げ、誇り高く、学生時代を過ごしていってくれることを、強く願います。
先ほど述べた「学問祭」、この夏に行われますが、そこでは奈良県立医科大学の先生による「人工血液」についての講義があります。県立医大の努力によって人工血液が実現したら、どれだけ多くの人が救われ、幸せになれるでしょう。同様に、奈良教育大学は、教育によってたくさんの子どもたちを幸せにできるよう、ともに頑張りましょう。
最後になりますが、保護者の皆様に、ひとこと、ふたこと申し上げます。
新入生をこれまで支え、本学への入学を応援してくださったことに対し、深く感謝申し上げます。
大学生・大学院生となったこれからも、親に頼ってきたら、頼ってくれることを喜び、いつまでも家族として、あるいは人生の先輩として成長を支えてあげてください。同時に、適度な距離を保って接することも重要かと思います。
それから、これはお願いです。
昨今、諸物価や人件費等の高騰、また、国立大学を支える国からの運営費交付金の増額が見込まれない中、どの国立大学も、安定した財政基盤を確立させることに力を尽くしております。本学においても、教員の研究等により外部からの資金獲得に努め、質の高い教育を提供すべく努力を重ねております。皆様からの貴重な税金、そして授業料によって支えてくださっていることに深く感謝し、質を低下させることなく業務等の効率化を図り、健全な財政確立に努めて参ります。そして、今後の奈良教育大学の発展が持続可能になるよう、また、学生の修学を支えていくために、高いところからではありますが、是非「奈良教育大学 未来を育む基金」へのご寄付等、ご支援を賜りますようお願い申し上げます。
奈良教育大学と奈良国立大学機構は、皆さんをいつも支え、応援して参ります。素晴らしい学生生活になることを切に願い、入学式学長告辞といたします。
令和7年4月3日
奈良教育大学 学長 宮下 俊也