令和6年度奈良教育大学教育学部卒業式 告辞(3月25日) - 奈良教育大学

令和6年度奈良教育大学教育学部卒業式 告辞(3月25日) 大学紹介

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 「頑張る子どもたちがいる学校の桜は、下がってきた枝の先が、せりあがって上を向いている」
 これは、私が育った小学校の校長講話で聴いた話です。せりあがっている本学の桜の枝につく蕾も、ふくらみを増し、色づいてきております。

 そのような中、久保三左男 奈良教育大学同窓会竹柏会会長、松原さおり 同理事、赤松知也 後援会会長のご臨席を賜り、令和6年度卒業式を挙行できますこと、教職員一同、大変嬉しく思います。

 本日晴れて、奈良教育大学教育学部を卒業される254名の皆さん、卒業おめでとうございます。あわせて、ご家族やご関係の皆様に、奈良国立大学機構理事長、及び全教職員一同、心よりお祝い申し上げます。

 思い返せば、皆さんが入学した時はまだ、コロナ禍の終息が見えず、大学では「緊急事態等対策本部会議」を開き、いかにして、教育の質を保障しながらこの困難を乗り越えていくか、連日連夜、議論・検討しておりました。皆さんにおいても、学生の立場で、学生自治会や大学祭実行委員会、各サークルなどで、対策を必死に考えてくれました。
 コロナ禍で失ったものはあまりにも多いのですが、とりわけ、「人と顔を合わせてコミュニケーションをとる」ということができなかったことは、教員養成大学として大きな打撃でもありました。
 しかしながら、今まで経験したことのないこの困難を、皆さんももちろんそうですが、全世界の人々が、ありとあらゆる知恵と技術を駆使し、克服しようと努力しました。医療もそうですし、「オンラインによってコミュニケーションを図る」、という方法もそうです。困難な時、絶体絶命の時に、人間は、「なんとしてもそれを乗り越えるんだ」という、パワーと知恵がフル稼働するものだ、と実感いたしました。
 私自身も2022年の年末に感染し、一週間、床を離れることができませんでした。その間、休日にもかかわらず、奈良市内の医師がオンラインで診療をしてくださったり、保健所の方は、混み合っているにもかかわらず、時間がかかっても私のことを忘れずに、電話をかけてきてくださったり、本当に救われた気持ちになりました。
 世の中が、そして人々が、自分自身のことを後回しにしてまでも苦しんでいる人や社会のために尽くそうとする、その優しさと強さによって、多くの人々を救ってくれたのだと思います。

 あらためて言うまでもなく、大学という高等教育・研究機関は、高度な学術を学生に授け、学び合いと研究を通して、社会の発展に貢献する人材を育成する場所です。とりわけ国立の教員養成大学は、国民からの期待や支援を受け、教育の未来を切り拓き、創造できる教師を育成する使命を担っています。
 現在においては、「持続可能な社会の創り手」となるべく子どもを育てることが、現行学習指導要領に掲げられ、また、2023年の「G7 富山・金沢教育大臣会合」では、「コロナ禍を経た学校の役割の発揮とICT環境整備」、「全ての子供たちの可能性を引き出す教育の実現」、「社会課題の解決とイノベーションを結び付けて成長を生み出す人材の育成」、「国際社会の連携に向け、新たな価値を創造するための国際教育交流の推進」が、世界に向けて宣言されました。本学は、それ以前より、ESDを推進し、全国を牽引しておりましたが、その実績と存在価値は、これらによっても確かめられ、今後も弛むことなく推進を続けなければならないものと考えます。

 今、全国的に、いわゆる「教職離れ」が進み、我が国の重要な課題の一つとなっています。もちろん、教師も人間ですから、多忙化や処遇の改善といった制度的な是正により、教師自身のウェルビーイングも今後改善されていかなければなりません。
 しかし、その途上にある中、この3月に本学を卒業する皆さんの教員就職率は、一昨年を大幅に上回った昨年と同水準になる見込みであり、また、今年度の公立学校教員採用試験の合格率も、平成25年度以降で最高となりました。
 奈良県は異なりますが、各地の教員採用試験の競争倍率は軒並み低下傾向にあり、それゆえ、本学の合格率が上がったようにも考えられますが、教師としての基本的な資質・能力が満たない者については、採用数に満たなくても不合格にする地がある中、この合格率は大いに誇れるものだと思います。そして何より、厳しいといわれる教職の道へ果敢にチャレンジした皆さんを、心より讃えたいと思います。
 それは、先に述べたように、これからの社会を創造する子どもたちのために尽くし、教育の未来を切り拓き、創造しようとする、皆さんの強い使命感と意欲の表れであり、私はそのことがとても嬉しいのです。どうか、本学での経験や学びを生かし、優しさと強さをもって、子どもたちを育てていってください。

 また、教職以外の道に進む皆さんにも、私は大きな期待を寄せています。なぜならば、企業や官公庁においても、今、「人を育てる」ということを重要視しているからです。企業においては、利益を上げることが目標であるのかもしれませんが、企業という組織を構成する「人」の資質・能力に、それがかかっているからです。官公庁も、そこで働く「人」によって、社会をよりよくしていくことができるかどうかがかかっているものと思います。働く「人」のもつ知識や技能、そしてなにより「人間性」が、新しいシステム、製品などを創造的に開発し、社会の変革をもたらしていくものです。本学で「教育」を学んだこと、そして「教員免許状をもっていること」は、皆さんにとって最大の強みになるものと考えます。この強みを生かして活躍されることを期待します。

 さて、今日のこの告示、花向けのキーワードとして、
 「そんなに心配するなよ」
を送りたいと思います。
 卒業式の学長告辞では、「困難な世の中に立ち向かい、頑張ってください」が常套句です。これは、先ほど一旦述べました。今日は、それに加えて、「そんなに心配するなよ」を送りたいと思うのです。
 長らく本学学生の健康を見守り、本年度をもって退職される、辻井啓之保健センター長は、「コロナ禍の影響もあり、いろいろなことに不安を抱えてしまう学生が増えてきている」ことを心配しておられました。先生は、内科医でありながら、このような状況に対処するため、還暦を越えて、36年ぶりにマークシートの試験を受験し、公認心理師の資格を取得されました。そして、日々、学生との相談やカウンセリングに努めて来られました。
 皆さんが不安の念を抱くのは、決して皆さん自身が弱いのではなく、皆さんを取り巻く社会に原因があるのだと、私は強く思います。

 ひとつ、忌野清志郎の詩を朗読します。『セラピー』という詩です。

 【著作権の都合により、詩の全文は掲載しておりません。】


 1991年の詩です。それから30年以上たった今も、この詩がよりリアリティ―を増して心の中に染み入ってくるのは、「頭の外」の混乱がさらに増しているからでしょう。また、「頭の中」の混乱は、その人が持つ豊かな感受性が、頭の外の混乱にことごとく反応してしまうからでしょう。
 世の中の混乱、憎しみがもたらす不毛な争い、安定しない経済や環境等、これらの克服に向かう努力はこれからも続けなければなりませんが、そう簡単には収まらないのも現実でしょう。しかし、世の中が、人々に対してもう少し寛容になり、欠点や間違いをあげつらうだけではなく、存在を認め、励まし合い、支え合うという、素朴でありながら決して欠いてはならないコミュニティの基本を、私たちは今、再認識すべきです。

 皆さんは、卒業研究で学び、経験したことと思いますが、新たな知見を打ち立てていくためには、過去の知見を批判することは必要です。国が示した「持続可能な社会づくりのための課題解決に必要な『7つの能力・態度』」の一つにも、「批判的に考える力」が掲げられています。しかし、合わせて、「コミュニケーションを行う力」、「他者と協力する力」、「つながりを尊重する態度」も示されています。

 「批判的に考える力」を発揮して批判を表明する時、その言葉と順序は重要です。
 私は、「音楽鑑賞教育における批評」を研究してきました。芸術、哲学、美学において、「批評」「批判」は重要な概念の一つです。音楽鑑賞は、ただ音楽を聴くだけではなく、「自分はその音楽をどう価値づけするか」、また授業においては、「他者の考え方はどうか」、「自分の感じ方や捉え方とどう異なるのか」という対話が展開されるべきです。そして、その対話、すなわち音楽について言葉で批評し合うことは、「新たな音楽を創造していくためにある」ということを、見失ってはならないのです。鑑賞は受動的ではなく、能動的で創造的な行為なのです。
 「批判」は、哲学辞典では「なんらかの対象について一定の評価をあたえるために、その対象について吟味、検討をくわえること。学問上の労作、芸術作品にくわえられる批判は、その代表的なものである」とされています。学問、芸術に対してのみならず、新たなものを生み出したり、持続可能な社会を創造したりする対話の中で、批判・批評し合う時、その主体は人格を持つ人間であるということを忘れてはなりません。批判は攻撃ではないのです。

 話がそれました。
 忌野清志郎が歌う『セラピー』は素晴らしいのですが、その後、矢野顕子がピアノの弾き語りでカバーした演奏は、感極まります。音楽鑑賞の話をしたところですので、その演奏を、ここで聴いてみましょう。と、思ったのですが、やめときます。学長告辞は、音楽の力は借りず、学長自らの「言葉」で伝えきらなくてはならないものであること、そして、この曲は、みんなで聴くより一人で聴き、聴き終わった後の余韻の中から、「心配しなくていいんだ」という、自分から自分への励ましの声を心の中で聴いてほしいからです。
 今日の卒業式、今夜はパーティをするかもしれませんね。そしてその後に、もしかしたら寂しさや、4月からのことに対して不安を感じることがあったら、是非、聴いてみてください。
 もう一度曲名を言います。忌野清志郎・矢野顕子による『セラピー』です。ネットで聴くことができます。
 「頭の中の混乱」をまとめるには、「頭の外が混乱しているからだ」という適応機制を働かせることや、誰かと会って話をすることで、きっと、「心配しなくていいんだ」という安心と落ち着きが生まれてくることでしょう。卒業しても、奈良教育大学を「誰か」のうちの一人に加えてください。いつでも話しに帰ってきてください。

 最後になりますが、卒業生の皆さん、そしてご家族の皆様の健康と幸せが、いつまでも続くこと、そして優しさと寛容をもって、平和な社会が持続可能になることを願い、加えて、今後の奈良教育大学の発展のために、是非「奈良教育大学 未来を育む基金」へのご寄付等、ご支援をいただけることをお願いし、卒業式学長告辞といたします。

 「そんなに心配するなよ」。


令和7年3月25日

奈良教育大学 学長   宮下 俊也