令和4年度教育学部入学式 学長告辞 - 奈良教育大学

令和4年度教育学部入学式 学長告辞 大学紹介

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 「すべてのものが、清らかで生き生きとしている」という意味の、清明(せいめい)。本日、4月5日は、二十四節気の一つ、「清明」です。
 この日、晴れて、奈良教育大学教育学部に入学された、273名の皆さん、入学おめでとうございます。依然続いているコロナ禍の中、本学への進学を目指して、日々努力を積み重ねてきたことに対し、敬意を表します。また、常に皆さんを支えてこられたご家族や、ご関係の皆様に、心よりお祝い申し上げます。

 本来であれば、この入学式は、大学院新入生、ご家族の皆様、ご来賓、教職員、在学生、そしてブラスバンドや合唱団とともに、盛大に挙行するところではありますが、本年度もまた、密を避け、時間短縮で実施せざるを得なかったことは、誠に残念ではあります。その分、一層の心を込めて、お祝いの言葉を述べたいと思います。

 

 まず、皆さんにお伝えしなければならないことがあります。それは、この4月1日より、本学は奈良女子大学と法人統合し、「国立大学法人 奈良教育大学」から、「国立大学法人 奈良国立大学機構 奈良教育大学」へと変革したことです。
 これは、両大学の合併ではなく、教員養成単科大学である奈良教育大学の存在に変わりはありません。その上で、この法人統合により、教育大学としての本学の強みと、奈良女子大学が持つ強みを互いに共有し合うことで、皆さんにとっては、学修や研究の幅が拡がることになります。
 また、今後は両大学を核として、奈良国立博物館、奈良文化財研究所、奈良先端科学技術大学院大学、奈良工業高等専門学校等、奈良県内の高等教育・研究機関や自治体、企業、そして近隣にある関西文化学術研究都市(けいはんな学研都市)の各機関と、強い連携を築いていきます。
 そして、他の都道府県にあるような総合大学を目指すのではなく、教員養成単科大学である本学、女子大学である奈良女子大学、そして奈良ならではの教育・研究諸機関が、独立し、かつ強く連携するcollegesとして、日本の新しい高等教育を、奈良の地で築き上げていきます。
 この計画は、何より、学修者としての皆さん一人一人の、豊かな人生の構築に寄与すべき、という願いをもって構想したものです。どうか、その利点を生かし、大いに学び、経験を拡げ、学識を深めていただきたいと思います。

 さて、奈良教育大学は、2007年に、大学として全国初のユネスコスクールに認定されました。それに続き認定された附属幼稚園、附属小学校、附属中学校とともに、「持続可能な開発のための教育」(ESD:Education for Sustainable Development)を推進しています。これは、SDGs(持続可能な開発目標)の達成を、教育の面から目指していくことであり、教育課程の中にもしっかりと位置付けています。皆さんが受講する科目のシラバスには、1つ、ないし複数のSDGsのロゴが貼り付いています。受講する科目が、持続可能な開発とどう関わっているのかを知ることができます。

 日本においても、世界においても、東日本大震災や、気候温暖化が原因ともされる自然災害、新型コロナウイルスの感染拡大など、人々の幸せや世界の平和を、持続不可能とさせる事態が多く発生しています。

 そして、戦争――。

 私は、教育大学の学長として、とりわけ、幼い子供が命を落とし、学校が襲撃されることに、強い怒りと深い悲しみを覚えます。テレビに映る、ぬいぐるみを抱えて祖国を離れる子ども、終戦を願ってベートーベンの「歓喜の歌」を合唱する子どもをみて、人間に対する憎しみ、深く傷ついた感情、目の当たりにした悲惨な光景が、決して消すことのできない経験となって、子どもたちの成長に影響をもたらしていくことに、戦争の恐ろしさを改めて認識させられます。

 教員を目指す皆さん、日本や世界の平和を持続可能なものにするために、あなた方ができることは何ですか?

 一つ課題を出しましょう。難題です。
 奈良教育大学のキャンパスには鹿が多くやって来ます。本学の愛すべき存在でもあります。もう少し経つと、キャンパス内で出産し、子鹿が母鹿の後を追って、よちよちと歩く姿を見ることができるでしょう。母は子に、子は母に、決してべったりとくっつくことはなく、しかし、私たちが子鹿に近づくと、母鹿はすぐさま子を守ろうとします。私たちは、教育の一端を、キャンパス内の鹿から学ぶことができます。
 ところが、キャンパス内にあるツツジやサツキの新芽はほとんどすべて鹿によって食べられ、新緑とピンクの美しい色彩のコントラストは、今年は期待できません。鹿も幸せ、ツツジやサツキも幸せ、そこで生活する私たちも幸せ、この3つを持続させるにはどうしたらよいですか? 是非、皆さんで「解決プロジェクト」を結成し、知恵とアイデアを出し合い、「こうしてみたい」という提案を、学長室に持ってきてください。言い忘れましたが、かけられるお金は、あまりありません。
 解決のためのヒントを申しましょう。鹿は毎日どのくらいやってくるのか、いつ、どのようにして、どのような危害をもたらすのか、同じことに悩み、解決策を実行している人々はいないか、など、客観的なデータを集め、分析し、たとえ奇抜であってもいろいろなアイデアを出し合ってみてください。これは理系的な考え方のみ、あるいは、文系的な考え方のみで解決できるものではないことも申し添えます。
 皆さんは小学生の頃から「総合的な学習の時間」で、このような、答えは一つとは限らない課題に挑戦し、学びを得てきたはずです。その学びを活用してください。学びを活用する、得た知識をその後に生かす、ということは、学習することの意義、つまり、「なぜ学ぶのか」という問いに対する答に繋がります。

 ところで、朝日新聞の全国版に、読者が投稿した短歌が掲載される「朝日歌壇」という欄があります。投稿数に対して掲載される率は極めて厳しいものだそうです。しかし、それにもかかわらず、奈良市在住の小学生、山添聡介さん、その姉の葵さん、そして二人のお母さまである聖子さんの歌は、毎回のように掲載されます。ちなみに私も時折投稿するのですが、掲載されたためしがありません。
 この3月6日に掲載された、葵さんの歌を紹介します。

 弟が父に短歌を教えてた「ならったかん字はぜんぶ使いや」

 私は、「山添さんのお父様は、短歌はつくらないのかな」、といつも思っていたところでしたので、この歌を読んだ時、「お父様もつくり始めたんだ」、とまず理解しました。しかし、少し時間がたつと、「こんな貧しい私の感受性やセンスでは、到底、朝日歌壇に掲載される歌など作れるはずはない」、という恥ずかしさに変わりました。
 「子が父に短歌を教えている」という事実の、もっと奥にある、「子どもが大人に教える、というユーモラスなシーン」、そこにある「暖かい家族愛」、そしてそのことを敏感に感じ取って短歌に詠んだ、葵さんの鋭い「感性」――。それに気付きました。あらためて、素晴らしい短歌だと思います。
 そして、聡介さんは、「学びを生かすことを実践しているんだな」ということもわかって嬉しかった。もしかしたら、聡介さんの担任の先生が、皆さんの先輩にあたる本学の卒業生だとしたら、など、喜びの想像が、どんどん膨らんでいきました。

 「感性」とは、単にモノやコトを感じ取る能力をいうのではありません。感性は、視覚、聴覚などの感覚器官によって認識したこと、そのモノやコトについての知識など、すでに自らが保有している経験をフル活用し、そのモノやコトの「価値」を考え、判断することです。つまり、「感性を働かせる」ということは、自らが積極的に、モノやコトに迫り、価値を見いだしていくという、きわめて能動的・創造的な行為です。
 感性の働きによって起きる強い感情の変化の1つが「感動」です。私は、感動したとき、このあたりが、一瞬、ピリピリッと震えるような感覚を覚えます。ピリピリッと震えるような感覚を覚えた時、「ああ感動したんだ」と理解します。
 たまたまですが、3月27日の大相撲大阪場所の千秋楽、優勝決定戦で新関脇の若隆景関が勝った瞬間、このピリピリッが久しぶりに発生しました。しかし、その直後、この感動は、若隆景関が勝ったことに対してではなく、敗れた高安関の姿に対してのものだったと気が付きました。
 なぜ、私が、敗れた高安関に感動したか、ここでは述べないことにします。どのような相撲内容であったのか、高安関とはどのようなお相撲さんなのか、ネットで調べればすぐにわかりますが、その前に、まず、今、これらを想像してみてください。「調べる前に想像する」「イメージする」――これは、とても大事なことです。

 「感動する」という経験は、その後の人生に対して大きな影響をもたらすことは、皆さんもこれまでの人生を振り返ってみればわかるものと思います。やがて皆さんが教壇に立った時、子どもに感動を与え、その感動を皆で共有させることのできるような教師になっていただきたいと思います。そのためには、皆さん自身の感動体験が豊富に必要です。そのために、「感性」を磨いてください。感性を磨くためには、モノやコトを、よく見、よく聴き、よく味わい…、そしてよく考え、モノやコトを表面的に捉えるのではなく、それらの本質を見抜いていく経験を積んでください。見抜いた本質、それが、あなたが掴んだ、あなたにとっての「価値」です。

 世界遺産に囲まれた奈良教育大学は、そうした経験が多くできる環境にあります。大学生として学び、遊び、そして、めぐり合う仲間や地域の人々や子どもたちと、「会って話をする」対話をしてください。そして必ずめぐってくるであろう世界の人々と交流できるチャンスを、決して逃すことなく、4年間の学生生活の「価値」を高めてください。

 教師として必要な知識や技能、優れた授業ができるような高い実践力、そして、人間として必要な、鋭い感性や創造性、社会性、さらには、これから必ず必要となる国際性を身に付けられるよう、文化功労者であり、半導体の世界的権威でもある榊裕之理事長、そして奈良教育大学教職員一同、力を尽くしていくことを約束し、入学式、学長告辞といたします。

 

令和4年4月5日
奈良教育大学 学長  宮 下 俊 也