令和5年度奈良教育大学教育学部入学式 告辞(4月5日) - 奈良教育大学

令和5年度奈良教育大学教育学部入学式 告辞(4月5日) 大学紹介

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 3年余りにわたった新型コロナウイルスの感染拡大。その困難を乗り越え、日々努力を重ねてこられた270名の皆さん、奈良教育大学教育学部ご入学、おめでとうございます。また、ご家族やご関係の皆様にも、本学教職員一同、心よりお祝い申し上げます。

 本日、4月5日は、二十四節気の一つ、「清明」です。「清らかで明るい」という字を書きます。「すべてのものが、清らかで生き生きとしている」という意味ですが、世界遺産と豊かな自然に囲まれた奈良教育大学に、希望に満ちた皆さんが、清々しい彩を添えてくれることを大変嬉しく思います。どうかこれから、自然との対話、文化遺産との対話、そして人との対話を、思う存分、楽しんでください。

 さて、奈良教育大学は国立の教員養成大学です。「先生」を育てる大学です。皆さんのこれまでの人生において、「先生」とはどのような存在だったでしょうか。先生があなたにかけてくださった言葉、表情、そのいくつか、あるいはそのすべてが、「先生みたいな先生になりたい」という動機になって、本学への進学を決定した人も多くいるかと思います。是非、その夢を叶えて、尊敬する恩師に近づいていってください。
 一方、「先生になるかどうかはまだわからない」という人も多くいるかもしれません。でも、そんな皆さんも大歓迎です。4年間の本学の学びや経験の中で、「子どもの成長のために役立ちたい」という気持ちが芽生え、教職に就くことを決意してくれたなら、本学にとってこんなに嬉しいことはないからです。

 「国立の教員養成大学」と申しましたが、ここにいるすべての皆さんへの期待は、奈良教育大学からの期待でもありますし、国民からの期待でもあります。それは、「幸せな未来社会を築いていくことのできる子どもを、しっかりと育んでいける教師になってください」という期待です。「人を育てる」ということは、我が国の、そして世界の今後に関わる根幹です。それゆえ、大変大きな期待です。それに応えるには、まず、皆さん自身が自分を大切にし、そして、自分とは異なる他者と、やがて教育実習などで関わる子供とともに、喜びや感動を分かち合い、成長していくことが、何より重要だと思います。

 私の経験を少しお話しします。
 私は幼少の頃からピアノを習い、音楽大学のピアノ科に入学しました。音楽という創造的で楽しい表現活動に進路を定め、今日の皆さんと同じように学生生活のスタートラインに立ちました。音大では、「自分のためにピアノを弾く」という4年間に明け暮れました。悩みや苦しみの果てに時々おとずれる感動は、自分一人で味わっておりました。そして、その4年間、「私の演奏で人に喜びや感動を与え、共有したい」などということは、一度も考えたことはありませんでした。

 「ミスをしてはいけない。試験でよい点を取りたい。あいつよりうまく弾きたい。」そんなことばかりを考えてピアノを弾いておりました。
 やがて、卒業間近になって、哲学や美学、そして教育学への関心が芽生えるとともに、自分の専門ではないアマチュアの合唱団に入って歌を歌うことに没頭しました。
 そうしていく中で、「表現するとはどういうことか」を深く考えるようになりました。そのことを教えてくれたのは、哲学であり、美学であり、教育学であり、そして私よりはるかに音楽を楽しんでいる合唱団の仲間でした。

 「音楽で表現する」ということは、「私とはこういう人間であること、この音楽がこんなにも素晴らしいということ、そして、聴いてくださる人々に演奏によってそのことを伝え、一緒に感動を共有することだ」、と思うようになりました。人の演奏を聴く時も、演奏の中から、その人のことを想像し、何を伝えたいかがわかって感動した時は、本当に幸せな気持ちになります。そう思うようになってからは、コンサートで自分が演奏する時、あまり緊張せず、失敗もまた、「これも私だ」と思えるようになりました。

 ちなみに、今日のこの告辞も、チャットGPTで作成したものではなく、「私の伝えたいこと」そのものの表現ですので、あまり緊張していません。

 先生という仕事、特に授業は、この「表現する」ということとよく似ています。これからの4年間で、皆さんが学んだり経験したりすることと、それによって形成されていく皆さん自身のパーソナリティを、やがて教壇に立った時に子どもに伝え、そして子どもたちが、皆さんの「授業」という表現によって、わかったり、できたり、感動したり、という貴重な時を、先生である皆さんと共有する…。教職とは、なんて素晴らしく尊い仕事でしょう。私はそう思います。

 その仕事を得るためには、苦労もあるでしょう。悩みや困難なことに直面することもあるでしょう。でも、皆さんを応援してくれる仲間がいます。奈良教育大学の教職員も、とことん支援します。

 大学の主役は学生です。主役である皆さんとともに、これからの奈良教育大学をもっとよい大学にするため、皆さんの声を聴き、大学運営にいち早く反映していく新しいシステムを設けました。
 昨年度、「学生と学長との懇談会」を実施したのもその一つです。そこで出た「キャンパス内にある貴重な戦争の遺構を平和学習や市民のために役立てたい」という意見から、学生の有志が集まり、「奈良教育大学戦争遺構保存会」を立上げ、「奈良教育大学戦争遺構パンフレット」を作成してくれました。「単に戦争に反対するだけでなく、なぜ戦争が起こるのか、なぜ戦力を持たなければならなくなったのか、どのようにすれば戦いのない世の中を作ることができるのか、ということを考えることが平和学習としてできること」という強い意志のもと、資料を集め、フィールドワークを行い、作成してくれたものです。本学ホームページに掲載されていますので、手に取ってみてください。

 世界ではウクライナでの戦争によって、尊い命が多く失われています。また、貧困、気候変動、生物多様性の喪失、資源の枯渇、感染症など、世界の平和や人間の尊厳を脅かす事象が多く発生しています。
 皆さんは、「持続可能な社会」という言葉、そして、「持続可能な開発目標(SDGs)」はご存知のことと思います。奈良教育大学は、その目標を教育の立場から達成を目指す、ESD(持続可能な開発のための教育 Education for Sustainable Development)を推進し、全国と世界を牽引する大学として、日本の大学で最初にユネスコスクールに認定されました。大学正門には、ユネスコから寄贈されたユネスコスクールのプレートが収められていますので、見て、触って、入学の記念写真を撮ってください。

 教育の究極は、世界の平和や人間の尊厳を持続可能にする人々を育成することです。奈良教育大学は、「ダイバーシティ・インクルージョン推進宣言」を掲げています。学内には、日本語・英語・中国語版、そして附属学校園では、「こども版」が掲示されています。ダイバーシティは多様性、インクルージョンはすべてを包み込むという包摂性を意味します。その宣言を掲げることはたやすいことでした。しかし、皆が実行していくということは、そんなに簡単なことではないと思っています。一人一人が強い意志を持ち、常に頭の中で意識し、そして、小さなことでも「行動していくこと」が求められます。

 なかでも、人や環境と対話することは重要です。「奈良教育大学の三つの柱」の一つに、「人・環境・文化遺産との対話を通した教育の追究」があります。環境や文化遺産との対話は、キャンパスを包んでいる自然、歩いて数分のところにある数々の国宝などの美しさに触れ、「その中で生きる自分」について考えてみることも一つです。

 一方、人との対話はコロナ禍で滞っていたことかもしれません。教員を目指す本学の友人と語り合うこととともに、同じ法人となった奈良女子大学の学生、教育以外の分野で活躍する研究者、市民などと共に積極的に対話してください。
 そのために、私たちは、オープンスペース「交流テラス」という場を、奈良女子大学構内に新設しました。とてもおしゃれな空間で、リラックスしながらさまざまな人々と出会うことができるでしょう。もちろん、自分との対話、本との対話もできます。また、疲れた時、このテラスで「何もしないということをする」こともお勧めします。

 さて、ウクライナのことを述べましたが、本学もまた、その戦争に起因する光熱費や諸物価の高騰により、大きな影響を受けています。この困難を乗り越えて、教育の質を保障し、卒業後も末永く皆さんを応援していけるよう、本学教職員、同窓会、そして奈良女子大学とともに構成した「奈良国立大学機構」、一丸となって努力いたします。
 なお、高いところからではありますが、保護者の皆様におかれましても、ご支援・ご協力を賜りますよう、お願い申し上げます。

 最後になりますが、昨年秋、文化勲章を受章された、榊裕之 当機構理事長をはじめ、すべての教職員一同、皆さんの活躍と、素晴らしい学生生活を過ごすことができることを願い、入学式学長告辞といたします。

 

令和5年4月5日
奈良教育大学 学長 宮下 俊也