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平成24年度卒業・修了式を挙行しました。

Date2013/04/01

 平成25年3月25日、奈良教育大学講堂において、平成24年度卒業式及び修了式を挙行しました。

 桜はわずかに咲き始めた程度でしたが、スーツ姿やあでやかな着物姿の卒業生たちの笑顔が、会場を彩っていました。

 長友恒人学長からは、「『振り返り』により、『学びと体験』は単なる経験の蓄積から体系化されたものになり、自らの向上につながる。楽しみながら学びを継続してもらいたい」「自分とは異なる考えをもつ他者がいることを理解し、その他者と一緒に働く方法を知ることで協同が可能になり、コーディネーターとしてのリーダーになることを可能とする。みなさんには、リーダーシップを発揮することを期待する」とエールが送られました。

 卒業生、修了生の皆さん、おめでとうございます。

 本学で得られたものを生かしご活躍されることを、心よりお祈りいたします。



【卒業・修了生】

  • 教育学部 256名 (学校教育教員養成課程180名、総合教育課程76名)
  • 大学院教育学研究科 74名 (修士課程57名、専門職学位課程17名)
  • 特別支援教育特別専攻科 11名

告辞を述べる長友学長 音楽科学生の生演奏での学歌斉唱
 告辞を述べる長友学長                      音楽科学生による生演奏での学歌斉唱

■ 学長告辞


  ただいま、教育学部256名、大学院教育学研究科74名、特別支援教育特別専攻科11名、合計341名に卒業証書、修了証書を授与いたしました。

 卒業生、修了生のみなさん、おめでとうございます。大学教職員を代表して皆さんの卒業・修了を心から祝福いたします。また、ご列席の保護者の皆様におかれましても、ご子弟の晴れ姿に感慨もひとしおのことと、心からお慶び申し上げます。

 学部を卒業するみなさんが入学した4年前の2009年(平成21年)はどういう年であったでしょうか。4月5日、入学式の前日に北朝鮮が弾道ミサイル開発とみられるテポドンを発射しました。そして、みなさんが4回生になって、卒業論文の最終盤にかかった昨年12月には、初歩的な衛星ではありますが、人工衛星を軌道に乗せることに成功しました。もちろん、私は「卒業式」のはなむけの言葉として、ここで、「北朝鮮のロケット開発」のお話をしようというわけではありません。社会の中の一員としての自己を、歴史の中に置いて見つめていただきたい、という主旨であります。

 そういう点から、みなさんが本学で過ごしたこの期間を振り返れば、経済的には沈滞の季節であり、文化等の領域でも世の中に躍動感はありませんでした。また、2年前の東北地方太平洋沖地震による東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故は、防災への反省と対策だけではなく、私たちの生活全般の在り方についても再考を促すものでありました。このように見ると、沈滞した、躍動感のない、表面的にはつまらない社会情勢の時代に貴重な青春時代を大学で過ごしたかのように見えます。

 しかし、いつの世も、沈滞しているときは「次の飛躍」に向かって、底流が活発に動いている時でもあります。きょう卒業・修了するみなさんは、意識するとしないに関わらず、高等教育機関、とりわけ教員養成に関わる高等教育行政の歴史の大きなうねりの中で、本学で学びの期間を過ごしました。さきほどは「社会の中の一員としての自己」と申しましたが、大学もまた、社会から独立しては存在できません。大学の外から、とりわけ経済界からの、大学をはじめとする高等教育機関に対する批判や要求には厳しいものがあります。その背景には、経済の沈滞があります。景気がよかった時期には、「とにかく、大卒者を採用したい。現場で役に立つ教育は企業がします。」という状況でしたが、企業内教育の余裕がなくなった現在は、「即戦力になる人材を求める。」という状況になっています。教育界でも、背景は異なりますが、「即戦力になる人材」が求められているという点では同様です。

 大学は社会から独立した存在ではなく、国民の負託を受けて、存在しているのですから、経済界のみならず、社会の意見に耳を傾けるのは当然のことですが、ここで、「不易と流行」という松尾芭蕉の言葉を想起することが重要でしょう。「不易と流行」は色々な場面で使われる言葉でありますが、特に、今、教育において変えてはならない「不易」は何か、変えるべき「流行」は何かを意識することが非常に重要であると考えます。

 「流行」の部分に相当する発言が多い中で、経済界からも識者の発言として、グローバル人材に必要なものとして、「コミュニケーション能力、ネゴシエーション能力や語学力」と並んで、教養教育が強調されていることに注目したいと思います。大学設置基準の大綱化により、科目区分規定としての一般教育科目・専門教育科目の垣根が取り払われ、削除されたのが1991年のことでありますから、それから20年を経て、改めて教養教育の重要性が表立って議論されるようになりました。三村明夫中央教育審議会会長は新日鐵住金株式会社の取締役相談役でもありますが、「海外で業務を遂行できるグローバル人材を育てるために教養教育の確立が課題である」と発言されました。また、別の経済人は「相手を理解し、相手の立場に立って考えるためには歴史や哲学から学ぶ事が必要であり、その意味で「リベラルアーツ」が重要である、という趣旨の発言をされています。

 教養教育は、大学をはじめとする高等教育で基本的に重視すべき「不易」のひとつであります。学校の教員になるにしろ、公務員や企業で働くにしろ、「教養」は社会で生きる人の基本として身につけるべきものであります。「身につけるもの」というよりは、「身につくもの」という方が教養の性格を示すのに相応しいだろうと思います。大学の限られた授業時間で修得できなかった学びは、社会人となって働き、人と接する中で継続して深められますが、その継続した学びを確実なものにするのが「教養」であります。

 昨年8月に中央教育審議会から2つの重要な答申が出されたことはご存じと思います。「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて」と「教職生活の全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策について」であります。2つの答申に共通していることは、「生涯を通じて学び続け、主体的に考え、資質能力の向上を図ること」であります。これを可能にするためには、ハウツーものは何の役にも立ちません。教養をベースにした学びを継続することが必要です。この2つ、「教養を身につけること」と「学びを継続すること」には共通点があります。どちらも、他者から押しつけられて勉強するものではなく、自らの、主体的な行為として、無意識に学ぶ、という点です。意識して「教養」のために勉強するのではなく、学びと体験を継続し、振り返ることによって、教養は豊かになり、資質能力が向上することになります。大事な事は「振り返る」ことであります。「振り返り」によって、「学びと体験」は単なる経験の蓄積から体系化されたものになり、自らがスパイラルに向上することに繋がります。学びを継続するコツは、学ぶことが楽しいということです。明日からの生活の中でも、楽しみながら学びを継続していただきたいと思います。

 もうひとつ、みなさんがこれからの社会生活の中で意識していただきたいことがあります。

 外国が日本の教育からくみ取るべきものとして、「教育が国の将来にとって重要であるという信念を(国民が)共有していること」、「素質よりも努力を重視する」、「教員による授業研究が専門的力量、質の高い授業を保証している」、特に「モラル教育」は社会生活の多くの場面、例えば、商業における倫理感や持続可能な環境の維持、にまで大きな影響を与えていること、等が指摘されます。私たち日本人にとっては当たり前のことであって、言われてみればそうですね、ということかと思いますが、逆に、私たちに欠けていること、あるいは外国に見習うべきことを挙げるとすれば、そのひとつが「リーダーシップ」であります。

 今、学校でも、企業でも、地域社会でも必要とされるのはリーダーの存在です。リーダーという言葉は他者の牽引役となり、指導できる人という意味で使われることがありますが、学校や社会が必要としているリーダーは、そういう意味でのリーダーではありません。専門的な知識を持って、人と人(学校で言えば、同僚である教師と教師、教師と保護者)を、人と組織(学校と教育委員会)を、人と地域(学校と地域)を繋ぎ、コーディネートする役割を果たす人、これが今必要とされているリーダーです。

 自分とは異なる考えをもつ他者がいることを理解し、その他者と一緒に働く方法を知ることが共に働くこと、協同することを可能にし、人と人、人と組織を繋ぐコーディネーターとしてのリーダーになることを可能にします。

 みなさんには、明日からの教師として、あるいは社会人としての生活の中で、リーダーシップを発揮することを期待します。

 学びは生涯を通じて継続されるものです。みなさんが、明日からも、幅広く知識を吸収し、学びを継続することによって、学びを楽しみ、続けることによって、諸君の輝く未来が開かれることを信じて、告辞といたします。

平成25年3月25日  奈良教育大学長  長友 恒人