化学反応の最中にはどのようなことが起こっているのか?(理科教育講座 梶原篤)

奈良教育大学
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化学反応の最中にはどのようなことが起こっているのか?(理科教育講座 梶原篤)

今日は理科教育専修の梶原研究室を訪問したいと思います。こんにちは!

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こんにちは。

早速ですが、先生が研究していることについて教えてください。

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私の研究は、高校の科目でいうと「化学」の研究です。私たちの身の回りにたくさんあるプラスチック材料を作る化学反応の最中で何が起こっているのかを調べています。化学反応の途中段階でどのようなことが起こっているのかを知りたいと思うのは、おそらくほとんどの化学者が思っていることだと思います。ただ、調べるのは簡単ではありません。

物質そのものではなく、「変化」を調べるんですね どんな反応を調べるんですか?

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下の図を見てください これは高校の化学の教科書にも書いてある、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)というプラスチックができるラジカル重合反応です。PMMAはアクリル樹脂ともいわれ、透明な定規、水族館の水槽などに使われるほか、歯医者で虫歯を削った跡を埋める樹脂や、整形外科で人工の股関節を骨に固定する接着剤としても使われる、非常に用途の広いプラスチックです。

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ラジカル重合反応 反応中に何が起こっている?

なんとなく、わかります。

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原料のMMAはモノマー(単量体)とよばれ、石油から作られる液体ですが、開始剤という物質を少量加えて、加熱したり、光を当てたりすると重合反応と呼ばれる化学反応がおこって固形のアクリル樹脂になります。アクリル樹脂はポリマー(多量体)とよばれます。
図の上に書いた、青い球がモノマーで、これが順々につながっていってポリマーになるというイメージです。モノマーやポリマーは安定なので、化学的によく調べられていますが、反応の途中で何が起こっているのかはよくわかっていません。
大学や大学院の高分子化学の教科書にはラジカル重合中には成長ラジカルと呼ばれる、不対電子を持つ短寿命で不安定な活性種ができていると書いてありますが私が研究を始めたころ、実際にこの成長ラジカルを観測した人はほとんどいませんでした。

誰も調べていないから研究するんですね。

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誰も見たことがないのに、このような構造がかけるのはなぜだろうというのが、学生時代の疑問でした。また、自分で実験をして、反応の途中段階について、見てきたような話をしたいとも思っていました。

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それで研究しようと思ったんですね。こうやって化学者は研究テーマを見つけるんですね。

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この反応を調べるのに、電子スピン共鳴分光計(Electron Spin Resonance Spectrometer, ESR)という装置を使います。奈良教育大学にはこの装置が2台あります。測定の結果得られるのは、下のようなスペクトルです。このスペクトルを測定するのは簡単ではありませんが、いったんスペクトルが得られると、そこから、反応活性種の構造、濃度、動的挙動、反応性、反応速度定数、活性化エネルギーなど様々な情報が得られます。

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電子スピン共鳴分光計(Electron Spin Resonance Spectrometer, ESR)

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なんだか複雑そうな装置です。しかも、複雑なスペクトルですが、これからいろいろなことがわかるんですね。

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このようなスペクトルが観測できるかどうかがこの研究の非常に重要な部分です。測定できるようになるまでに長い時間がかかりました。今のところ、このスペクトルがこの感度で観測できるのは、世界中で、奈良教育大学のこの装置だけです。ただ、いったん測定できて、測定のための条件がわかると、大学生や大学院生でも同じように測定することができるようになります。

うまくいってよかったですね。

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測定できました。しかしそれでめでたしめでたしとはいきませんでした。この結果をアメリカで開かれた国際学会で発表したら、そのような巨大で不安定なラジカルが検出できるはずがない。反応中にできる小さなラジカルを見ているだけだろうと、外国の大学の先生から言われました。

文句を言われるというのは、それだけ興味を持たれていること言うことでもありますね。

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その先生が言うことにも一理ありました。実際に反応が起こっている溶液を測定しているので、小さなラジカルがだんだんと長く大きくなっているところを見ているわけです。溶液の中にはいろいろなラジカルが原理的にはいるはずです。あいまいな部分を希望で埋めてしまうと学問ではなくなります。その意味では、この指摘はあとからみると非常にありがたかったです。

それで、先生はどうしたんですか??

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成長ラジカルの図の左側の波線がありますが、これは、MMAがいくつも(数百以上)つながっていることを示します。その後、研究を続けて、このようなスペクトルが見えるときには、すくなくとも200以上のMMAがつながっていることを明らかにしました。それ以降、同じ分野の研究者が私の出す結果を信用してくれるようになった気がします。

ここまでやってやっと認めてもらえるというわけですね ほかに、この装置を使ってどのようなことができるのか簡単に教えてもらえますか。

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ESR分光計はこのほかにもさまざまな自然の中の常磁性種やラジカル反応を測定することができます。卒業研究や修士論文の研究として、磁石、ミツバチやアリなどの昆虫、日焼け止めクリームの効果などを測定してきました。
鉄の針金は磁石に引っ付きますが、それ自体は磁石ではありません。しかし、永久磁石で何度も擦ると鉄の針金自体も磁石になります。この時、針金の中で何が起こっているのかをESRで調べました。これは、小学校の理科の教科書にも載っている現象ですが、中で何が起こっているのかは、まだよくわかっていません。また、高校の先生に引率された高校生が、日焼け止めクリームは本当に紫外線を遮断しているのか、という疑問を持って測定に来たこともあります。

研究はいろいろと奥が深いと感じます。もっと聞きたいけどもう時間がありません...。

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化学に興味のある高校生向けの、私の研究のもう少し詳しい話をe-bookの形で奈良教育大学のホームページに掲載してもらっています。研究室の学生さんが取り組んだ研究は奈良教育大学紀要や奈良教育大学教育実践センター紀要にも載せてもらいました。また、さらに興味のある人には、私が書いた総説(研究をまとめた総合論文のようなもの)もあります。A. Kajiwara Pure & Appl. Chem., 2018, 90, 1237-1254. これは専門家が読む論文です。

まずはe-bookから読んでみます!今日はありがとうございました。

理科教育講座 教授 梶原篤

※この記事は、2021年6月の情報を元に作成されています。

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カテゴリ   :   研究コラム
最終更新 : 2022-02-28 16:58