歴史学の魅力 ~過去と出会い いまを生き 未来に向かう~(社会科教育講座 今正秀) 公開日  :  2021-12-01 09:04

奈良教育大学
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歴史学の魅力 ~過去と出会い いまを生き 未来に向かう~(社会科教育講座 今正秀)

 

今日は、社会科教育専修の今研究室を訪問したいと思います。こんにちは!

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こんにちは。

先生は何を研究されているんですか?

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私は日本の歴史を研究しています。

歴史の研究って、どんなことをするんですか?

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歴史の研究のスタートでもありゴールでもあるのは、今日まで残された史料から過去にあったこと、歴史的事実を復元することです。例えば、平城京遷都が西暦でいえば710年に行われたことはよく知られていますが、それは『続日本紀(しょくにほんぎ)』という平安時代の初めに国家(政府)が編纂した歴史書に記されているからです。確かな史料にもとづいて歴史的事実を復元する、これが研究のスタートです。

そして、復元された事実と事実との関係、例えばある出来事が原因となって次の出来事が起きたといったようなことをつなぎ合わせ、積み重ねていくことで、その時代の様子が明らかになっていきます。そうすると、平城京遷都という歴史的事実のもつ意味や意義がいっそうはっきりしてきます。これが研究のゴールです。

 

ふむふむ。先生はとくにどんなことを研究されているんですか。

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私は平安時代の政治について、政治の仕組みや政策を中心に研究しています。

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それを研究するための史料って、どういうものがあるんですか。

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貴族が書き残した日記が主な史料になります。平安時代に摂関政治が行われていたことは知っているでしょう。摂関政治を行った貴族として有名な人といえば?

藤原道長?

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そうです。道長はおよそ20年間、左大臣という地位にありました。これはいまの日本でいえば首相にあたります。と同時に、天皇の相談役である内覧という地位も兼ねていました。その道長が書き残した日記が『御堂関白記』(みどうかんぱくき)です。千年経ったいまも道長自筆のものが残っているんですよ。

 

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千年も前の人が書いた日記が残っているなんて、すごいですね。

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歴史史料としての価値が認められて、2013年にユネスコの記憶遺産に指定されています。

貴族の日記にはどんなことが書いてあるんですか?

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当時の貴族は政治家であり官僚でしたから、自分が職務として行う政治や儀式について記録するというのが日記を書く一番の目的でした。そうすることで、次に自分が同じことをする場合の参考にするわけです。

 

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でも、平安時代って政治といえるものが行われていたんでしょうか?

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確かに、朝廷では天皇や貴族は年中行事といわれるさまざまな儀式や神祭り、法会などを毎日のように繰り返していました。それが政治とどんな関係があるの?と思いますよね。
例えば大学祭を行うことを考えてみてください。企画立案、必要な人や物の準備、会場設営、当日の進行、トラブルが起きたときの対応など、やらなければならないことはたくさんありますね。それを担っているのが大学祭実行委員会です。平安時代の朝廷でも一つひとつの儀式の運営のためにそれぞれ実行委員会が組織され、貴族たちは実行委員長の役を分担し、時にはいくつもの実行委員長を兼任して、その運営に当たりました。

なるほど。儀式の運営が大事であり、たいへんなことはわかりましたが、それが政治とどう結びつくのでしょうか?

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直接的なことでいうと、儀式を行うにはお金がかかります。そのお金をどこから調達するかといえば、そのすべては農民から取り立てる税でした。ということは、税の取り立てが確実に行われなければ、儀式も行うことはできなくなります。平安時代には税の取り立ては、地方の政治を担った国司(こくし)が行っていました。この時代の国司は受領(ずりょう)といわれましたが、高校の教科書でも『今昔物語』の説話から受領の貪欲さについて触れています。でも、受領がなぜ厳しく税を取り立てたかといえば、それを朝廷や貴族に届けるためでした。受領の厳しい税の取り立てのお陰で、平安時代の華やかな朝廷や貴族の毎日が成り立っていたのです。

 

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税の取り立ては、確かに政治とつながっていますね。

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尾張国(現在の愛知県)の受領が、国内の人々から税の取り立ての厳しさを訴えられ、政府によって解任されたというのを知っていますか?

「尾張国郡司百姓等解(おわりのくに・ぐんじ・ひゃくせいら・げ)」ですね。高校の教科書に載っていました。

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受領を訴えるというのは政治的行動ですし、訴えを受けて政府としてどう対応するかは政治そのものですね。
しかも、そのように儀式の背後に政治があるというだけでなく、儀式そのものがとても重要な意味を持っていました。天皇が春にその年の豊作を神に祈る祈年祭(きねんさい・としごいのまつり)や、秋に収穫の豊かなことを神に感謝する新嘗祭(しんじょうさい・にいなめのまつり)は、農耕を基盤とする社会の維持のための重要な神事とされていました。年の初めに朝廷に多くの僧を招いて行う御斎会(ごさいえ)という法会は、仏にその年の安泰を祈るものでした。こんなふうに豊穣や国家・社会の安泰を神仏に祈るのは、支配者である天皇と貴族の重要な役目と考えられていました。神事や法会は、当時の天皇や貴族にとって自分たちの存在意義にかかわる営みだったのです。その運営に当たった貴族の日記からは、そういう思いを読み取ることもできます。

 

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そうなんですね。ところで、天皇や貴族だけでなく、税を負担した農民の様子や思いは知ることができるのですか?

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貴族と違って、農民が自分たちの思いを書き残した史料があるわけではありません。でも、先ほどの「尾張国郡司百姓等解」には、税を取り立てに来た受領の使いへの農民たちの苦々しい思いがあふれていますし、土地台帳などからは農民たちが土地をどのように利用していたかを知ることもできます。

研究によって、千年前のいろいろな人々のくらしの様子や思いに触れることができるんですね。

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日本史研究だけでなく、歴史学の研究は、今日まで残された史料から、過去にどんなことがあったのか、それはなぜ起きたのか。そのできごとが当時の人々や社会に、あるいは後の時代にどんな影響を及ぼしたのかを明らかにすることが目的です。それらはすべて人間が行ったことです。いいことも、悪いこともあります。それをできるだけゆたかに描き出すことで、まずはその時代を生きた人々の様子と思いを明らかにすることができます。同時に、「過去=歴史」の積み重ねの上に「いま」があることも明らかにできます。それは、「過去」をふまえて「いま」をどうしていくかを考えるために欠かせません。そして、「いま」をどうしていくかは「未来」を創りだすことにつながっています。歴史学は過去を研究する学問ですが、それは未来を考えるための土台になるのです。

 

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歴史の研究って過去をふり返っているだけのように思っていましたが、それは未来へ向かうために大切なんですね。今日はありがとうございました。

 

社会科教育講座 教授 今正秀

※この記事は、2021年11月の情報を元に作成されています。

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カテゴリ   :   研究コラム
最終更新 : 2022-03-23 15:40